NO58

「ふるさとの玩具」を脱稿して                    (2010年11月29日 井上 重義)
当館の庭の黄や赤に染まった木々の葉も、落ち葉となって次々に舞い散り、深み行く秋の日を満喫しています。師走も間近の季節になり、1号館では来年の干支の兎や羽子板を展示する企画展「干支のうさぎと羽子板」展が始まりました。6号館の「世界クリスマス紀行」と併せた季節感あふれた二つの展示が大好評です。受付担当者からも「来館者の皆さんから来てよかったと感動の言葉を再三いただきます」と嬉しい報告があります。

今年の1月1日から時事通信社の依頼で執筆していたコラム「ふるさとの玩具」の連載は12月末で終了しますが、最後の原稿である12月下旬分を先日届けました。私自身は、江戸時代から明治時代を中心に日本各地で誕生した郷土玩具の存在とその素晴らしさを一人でも多くの方に知っていただければと引き受け、人生最後の大仕事のひとつと位置づけて1年間頑張ってきました。しかし仕事を終えた充実感よりも、全国各地から郷土玩具
鹿踊り(岩手県花巻市)
が失われつつある現状を知り、何か空しいような思いにとらわれています。

12月は山形、秋田、岩手、青森、北海道の郷土玩具を順次紹介して連載が終わりますが、かつて東北地方は木の玩具の宝庫でした。ろくろ細工の木の人形としてこけしがあり、またこけし作者の多くがさまざまな木の玩具を作っていました。昭和51年には、それらを一冊の写真集に纏めた『日本の木地玩具』が文化出版局から出版されました。しかし現在ではその多くが作り手もなく入手不可能です。ろくろ細工以外にも東北は木の玩具の宝庫でした。ところが、横手市のぼんでん、花巻市の木彫りの鹿踊りや盛岡市の板馬や桐馬(チャグチャグ馬)がこの近年に廃絶し、米沢市の笹野彫り、北海道の木彫りの熊なども後継者が育たず厳しい状況下に置かれています。
さらに私にとって大きなショックは山形県小野川温泉にあった「独楽の里つたや」が今年の初めに閉館していたことでした。独楽の生産では日本一を誇り、東北地方に伝わる独楽などを大量生産して全国に卸し、全国の独楽の展示や独楽回し大会など、独楽遊びの楽しさを伝える活動をされていました。当館とも開館以来の付き合いがあり、町おこしに
ぼんでん(秋田県横手市)
木地玩具の自動車(宮城県)
も熱心に取り組まれていると聞いていました。閉館に至る詳しい事情はわかりませんが残念です。ただ独楽の生産は引き続きされており安心しましたが、気になったのは最近のつたや製の独楽には「日本製」と書かれたシールが貼られていることです。日本の伝統の独楽にも中国製のものが出てきたと聞いていましたが、東北地方の独楽にもその影響があるのでしょうか。

ただ土人形は「雛めぐり」が盛んになった影響もあるのでしょうか、廃絶していた鶴岡、花巻の土人形が復活、廃絶の恐れがあった酒田人形もそれを継承するための伝承の会が生まれたのが明るいニュースです。

桐馬と板馬(岩手県盛岡市)
古くから各地の風土や暮らしの中から子どもたちのために作られた郷土玩具の多くは、明治時代後半にブリキやセルロイドなどの新素材で工場生産される玩具が出現すると子どもたちの手を離れて消え行く運命にありました。それはわが国だけではなく世界的な流れでした。ところがわが国ではその多くが消えずに残ったのです。それは郷土玩具が失われる寸前、郷土玩具に日本美を見いだし、潤いを求めて集めて楽しもうという大人たちが現れたからです。昭和初期に郷土玩具の蒐集ブームがあり、さらには昭和30〜40年代にもありました。そのような大人に支えられて世界に誇れる郷土玩具の数々が今に残ったのです。それが現在、時代に流され、多くが消えようとしています。

この「ふるさとの玩具」のコラムは、連載終了後1冊の本にまとめて出版の予定です。ただ掲載終了後6ヶ月間は出版できないとの決まりがあり、当館では来年の秋に1号館の企画展として掲載作品を中心にした企画展「ふるさとの玩具・古今東西」(2011年9月17日〜11月19日)を開催しますのでそれにあわせて出版予定です。ふるさとの玩具の具体的な入手先や作者名なども明記して、郷土玩具の手軽なガイド本にもなればと考えています。


NO57

文化の日に  
博物館の現場から・・・春は来るのだろうか。
            (2010年11月3日 井上 重義)
博物館冬の時代といわれるようになってから十数年の歳月が流れました。しかし春は遠く、厳冬期が続いています。博物館にとって一番の使命は失われる文化遺産(モノ)を蒐集保存し後世に伝えることにあり、その資料に精通して活用することができる学芸員(ヒト)が大切なのに、博物館界ではモノもヒトもが厳しい状況下におかれ、明るい兆しが見えません。

本来、博物館は守るべき文化遺産があり、それを守るために造られた施設である筈です。しかし公立施設の多くは資料よりも箱が優先しました。さらに近年、人集めのための企画展などには大きな経費が費やされるのに資料収集に予算が付かない状況は、博物館の将来にとっても決してよいとは思えないのです。イベント中心の活動は開催中は来館者で賑わいますがそれが終われば来館者の足は遠のきます。本来、博物館はいつ訪ねても、そこには魅力的で個性的な資料が展示され、来館者を感動させ満足いただくことが大切です。それには館自身のコレクションの充実を図ることが大切なのに、人集めにはお金をかけるが資料収集には予算がない現状は、結果として博物館の魅力を減退させ、博物館離れにつながりかねません。

上山信一慶應義塾大学教授の『ミュージアムが都市を再生する』(2003年刊)は私の愛読書のひとつですが「社会や政府もミュージアムの新たな役割に気付いていない。目先のサービスの充実や、赤字の解消といったビジネスモデルの導入にのみ奔走し、本質を見失いつつある。ミュージアムは学校や病院と同様、地域と社会を支える公共インフラだ。たとえば、単体での収支均衡はありえないというのは世界の常識である。ところがわが国では国公立ミュージアムが率先して安易な増収策やビジネスモデルを追及しつつある。このような行政主導の安易な改革路線は取り返しの付かない事態を招きかねない」と指摘されています。その流れは今も変わらず、続いているのではないでしょうか。

兵庫県内では公立館に先駆けて、個人や企業などの民間が貴重な文化遺産を蒐集し、いくつもの博物館や美術館を設立し
神戸人形(明治時代、野口百鬼堂作)
ました。しかし残念ながら、行政との連携や支援がないなかで多くの施設が閉館の道をたどり貴重な資料が散逸しました。公立館は巨費をかけて建物を造り、膨大な経費をかけて運営されていますが、その費用の数パーセントでよいのですから、頑張っている民間博物館の支援に廻すことは不可能なのでしょうか。例えば、兵庫県も姫路市もその他の多くの行政が近年、子どもの入館料無料化を進めています。文部科学省から博物館としての認定を受け、一定基準をクリアして公立館となんら変わらぬ活動をしている民間施設に対しては公立館と同様に子どもの入館料を無料にして、その保障をするなどの対応策はなぜ取れないのでしょうか。

博物館には所蔵資料に精通し、それを研究する学芸員の存在が不可欠です。しかし兵庫県内では現在、県立の施設と神戸市立博物館を除けば、指定管理者の導入や異動などにより歴史系博物館で長年にわたりキャリアを積んだ学芸員は本当に少数になりました。さらに館長や同等職にも学芸員などで博物館で長年経験を積んだ人は少数で事務方出身者が多いのです。博物館本来の使命やあるべき姿にこだわるよりも、人集めが最大の課題になる現状はそんな点も要因のひとつかも知れません。

当館は今月10日で開館満36年を迎えます。私が開館以来こだわってきたのはモノとヒトです。モノは開館当時の5000点が8万点を超えて9万点近くになりました。コレクションも国内第1のコレクション群をいくつも築き上げました。ちりめん細工約3000点、神戸人形約600点、虎の玩具約1000点、沖縄の玩具約200点、御殿飾り約50組、世界150カ国の玩具約30000点など、切り口によっては他にも国内第1級のものがいくつもあり、昨年暮れには世界のクリスマスコレクションがNHK教育TVの「美の壷」に取り上げられました。
沖縄張子(昭和初期)
 内容を検証していただければ国内の博物館施設では例がないだけでなく、恐らく世界でも第1級の玩具博物館として認められると思います。コレクションの形成は、その方針と長い歳月の積み重ねとタイミングが必要で、それに恵まれたのです。これまで当館が収集してきた資料は文化財として公的に認定されたものではなく、当館が蒐集していなければ後世に遺ることなく散逸していたものばかりです。当館が蒐集した資料は1点だけでは価値評価が低くても、群としてまとまれば高い評価がなされる資料です。いつの日か当館の資料内容が検証され、社会が守らなければならない文化遺産として認知される日の来ることを夢見て頑張っていますが、そんな日は来るのでしょうか。
 当館はヒトにも恵まれ、学芸チームのリーダーである尾崎学芸員は当館で20年のキャリア。展示構成の素晴らしさは衆人の認めるところですが、それをサポートする学芸員も熱心です。それが当館の価値評価を高め、今日に繋がっています。

財団法人化の問題や後継者の問題など、課題は他にも山積していますが、なんと言っても最大の課題は、当館のこの膨大な資料が「社会にとって必要で守り伝えなければならない文化遺産」として認知されることにあります。
 博物館を取り巻く環境は厳しく、冬の時代の真っ只中ですが、幸いにも当館はモノにもヒトにも恵まれています。それを生かして、冬の時代脱却に知恵を絞っています。


NO56

日本の祭りを総覧できる楽しい展示            (2010年9月25日 井上 重義)
稲刈りが終わった田んぼ
当館の東に広がる田んぼも稲刈りが終わり、広々とした空間が広がりました。夏からの猛暑続きの日々も去って爽やかな季節になり、彼岸花も咲き始めました。
 当館のある播州地方では、10月中旬から下旬にかけて各地で秋祭りが行われます。そんな祭りの季節に因み、1号館で企画展の「玩具に見る日本の祭り」が始まりました。
 3年前にも祭りに関する展示を行いましたが、その後に新しく収蔵した資料も加わり、内容の充実した楽しい展示になりました。青森から九州まで、各地の祭りに出る山車、屋台、獅子頭、お面などが一堂に並び、日本の代表的な祭りが総覧できる見応えのある展示です。なかでも現地でも見ることが出来ない大正や昭和初期に作られた貴重な祭り玩具の数々は、このようなものがよくぞ今日まで保存されたものだと感動されるでしょう。展示品の祭り玩具たちは各地の祭りの特色を浮かび上がらせ、屋台や山車などの歴史や流れを語りかけてくれます。
 祭り好きの方にはぜひご覧いただきたい展示です。

当播州地方で有名なのは灘のけんか祭りです。当地独特の豪華な神輿屋根をした屋台と呼
近世風俗志の神輿太鼓
ばれる太鼓台の練合わせですが、他にも規模は違いますが同様の神輿屋根の屋台がこの周辺では各地で担ぎ出され、来月10日には当館の周辺でも屋台が町内を巡行します。しかし播州地方の全ての祭りに神輿屋根の屋台が出るわけではなく、姫路市東方の高砂市の曽根神社や明石市内の神社、神戸市の海神社、三木市の神社などでは神輿屋根ではなく布団屋根の太鼓台が担ぎ出されます。
 太鼓台を目にすることがない東日本の皆様は、同じ担ぐという点から神輿と混同される方が多いのですが、神輿はご神霊を運ぶもので神社が所有し、時代による大きな変化はありません。しかし太鼓台は地域の氏子の所有物であり、太鼓とそれを叩く乗り子を乗せて練り歩き、祭りの賑わいを盛り上げる役割をしています。それに町内対抗的な側面もあり、他町に勝るものをと豪華絢爛になっていった歴史があります。
 太鼓台は恐らく江戸後期に大阪で誕生し、それが瀬戸内の海運を通じて長崎まで広がっていったのでしょう。1837年から30年をかけて当時の風俗について執筆された喜田川守貞著の『近世風俗志』には大阪の太鼓台が神輿太鼓として図示されています。
 布団太鼓や屋台の実物は40〜50人以上で担ぐ巨大な造形物ですが、玩具はそれを子供たちが遊ぶように小さくしたもので、特徴が良く表現されています。そのため展示品を通して、大阪から淡路、播磨、讃岐、伊予、長崎と各地の祭りに担ぎ出される太鼓台の流れや時代の変遷を知っていただけると思います。

展示して気付いたのは、東日本には高山祭りの山車、秩父祭りの山車、それに青森のねぶたなど曳くものが多く、西日本には播州の屋台、讃岐地方の布団太鼓、小倉の提灯山笠など担ぐものが多く、東日本は曳く文化、西日本は担ぐ文化ともいえそうです。同じことが天狗面にも言え、東日本の鼻は高く、西日本の鼻は低いという傾向が見て取れるのです。
 長い歳月にわたり地域の人々に愛され育まれてきた郷土玩具には、地域の文化性が表現されているのです。

堺の布団太鼓・昭和初期 淡路のダンジリ 播州の屋台 観音寺のチョウサ
神戸市海神社のダンジリ・昭和初期 播州の屋台・昭和初期 香川坂出のサシマショ 長崎の太鼓山・昭和初期


NO55

『私の玩具遍歴』を改定再版しました            (2010年8月13日 井上 重義)


東側の田圃も稲穂が実り始めました。
猛暑の日々が続きます。緑に囲まれた当館は蝉の鳴き声が賑やかですが、今年は庭に少し異変を感じます。オハグロトンボが例年よりも多く、反対にアマガエルの姿が少ないように感じるのです。木々は大きく成長して、森の中の玩具館と呼ばれてもおかしくない状況になりました。6号館への小道を歩けば、目の前を優雅に飛ぶオハグロトンボと出合ったり、せみの鳴き声に、昔が蘇る方も多いのではないでしょうか。今日は久しぶりに大勢の来館者で賑わいました。

さてこの度、一昨年の1月に発刊した『私の玩具遍歴』の改訂版を再版しました。この小冊子については館長室のNO27(2008年2月)でも触れていますが、私の「地域文化功労者文部科学大臣表彰」の祝賀会出席者にお渡しするために、静岡にある郷土玩具の会の機関紙『雪だるま』に連載中だったものを42ページの冊子に纏めて500部を印刷し、祝賀会出席者や関係者の皆様にお配りしたものです。内容は私の郷土玩具蒐集の動機や玩具にまつわる人との出会い、当館の今後の問題点などを纏めたものでした。
在庫が無くなっていたのですが、希望者があり、私の玩具蒐集の足跡や考えを知っていただくためにも必要だと考えて再版しました。再版にあたり、2年余の歳月を経過していることから、見出しの変更や最終ページの当館の問題点をその後の経過を踏まえて「日本玩具博物館の課題」として書き改めました。

私が郷土玩具の収集を始めたのは今から47年前の1963年です。通勤途中に立ち寄っていた書店で1冊の郷土玩具の本を手にしたからですが、その本と出合わなければまた違った人生を送っていたと思います。私自身はそれまで、江戸や明治時代からの古い歴史を持つふるさとの玩具がこんなにも全国各地で連綿と作られていることを露知らずにいました。当時は高度経済成長の真っ只中、古いものは価値のないものとして忘れられ、捨てられる時代でした。忘れられ失われる弱者(子ども)の文化財に気がつき、それを蒐集して後世に伝える
貴重な昭和初期の堺の布団太鼓
のが私に課せられた使命だと感じて、蒐集が始まったのです。『私の玩具遍歴』には、山陰地方の土人形のこと、世界の玩具の蒐集動機、ちりめん細工のことなど、これまでの私の蒐集遍歴ともいえる内容です。他人の真似をするのでなく私自身が大切だと考えたものを追い求めてきた47年間の記録集ともいえるものです。ご希望の方にはお送りしますので、印刷費と送料代の400円(切手可)を添えてお申し込みください。

「学芸室NO92」では今春以来、故人となられた方の郷土玩具コレクションをいくつも受け入れて整理中とありますが、岡山、大阪、千葉にお住まいだった方のコレクションです。いずれの方も昭和40年代の知り合いでした。私よりも年配でもう20年も前に亡くなられた方もあり、その不思議なご縁に驚くと共に後世にきちんと伝えなければならないと大きな責務を感じています。他にも1件、大正から昭和初期に作られた貴重なコレクション(約150点)をある施設から受け入れました。中には郷土玩具としては国宝クラスといっても過言でないほどの貴重な資料の数々が含まれており、早速にこの秋の企画展「玩具に見る日本の祭り」に展示します。
当館の玩具に対する姿勢や活動が評価された結果、集まってくると思うのですが、正直なところ収蔵庫も満杯状態です。文化遺産は社会の財産でもあり、本来は社会が守るべきものではないでしょうか。個人の力には限界があります。当館が蒐集した膨大な資料は、文化財としての登録や指定を受けたものは1点もありませんが、いつの日か高い評価がされるときが来ると私は信じています。その日のためにも、どうすればよいのか、模索が続きます。

時事通信社配信の私のコラム「ふるさとの玩具」は静岡まできました。長野、福井、石川、富山、新潟と続きます。大勢の皆さまから、楽しく読んでいるとのお言葉をいただき喜んでいます。あと4ヶ月、頑張ります。





NO54

『世界ののりもの玩具博覧会』
早速に感動の言葉をいただきました            (2010年6月30日 井上 重義)


 昨年とくらべて開花が遅れていた館の西北側の駐車場入り口の合歓の木の花が咲き始めました。梅雨の季節、当館はみずみずしい緑に包まれ、とりわけ4号館から特別展会場の6号館への小道はさながら緑のトンネルです。

 展示作業が終わった6号館に写真を撮るために行くと、男性の来館者から「館の方ですか。素晴らしい博物館で驚きました。通りがかりに寄ったのですがこんなに素晴らしい博物館だとは思ってもみませんでした。家族を連れて再度きます。」と嬉しい言葉をかけていただきました。来館者を感動させる展示は博物館にとってなによりも大切ですが、展示品の量と質が来館者の心を捉えただけでなく、「学芸室から」でも尾崎学芸員が『展示を楽しむ』として今回の展示手法について語っていますが、展示の遊び心が早速に来館者の心を捉えたのです。スタッフのことを褒めるのはまったくの身びいきになりますが、今回の展示手法を見て、私も素晴らしい展示になったと喜んでいました。早速に来館者の心をも感動させたのです。

 さてこの夏は1号館で「海の乗り物」、6号館では「空と陸の乗り物」と、両館で世界の乗り物玩具を共通テーマにして特別展示が始まりました。本来ならば「世界の乗りもの玩具博覧会」として2館で同時オープンすべきなのですが態勢的にも無理があり、少し日時をあけてのオープンになりました。ただ準備が整い次第来館者にご覧いただいていますので、6号館も7月3日のオープンに先駆けて6月26日からご覧いただいています。
 船が約300点。空と陸は約800点ですが、飛行機が90点、乗用車・バスなどが100点、働く車が140点など、両館で1100点も並びました。国の数も60カ国を超えましたが、日本のものは数を絞りましたので1割ほどの展示で、大半が海外のものです。展示スペースは展示ケースの延長が1・6号館で約50mあり、これほどの数量の世界の乗り物玩具が一堂に展示されるのは国内では例がないと思うのです。

33年前に入手のバングラデッシュの馬車 メキシコ飛行機 ブルキナファソの飛行機 ネパールのトラック


 ブラジルの木の船や汽車、タンザニアの空き缶利用の自動車、ブルキナファソの木の飛行機、マダガスカルのバスや自転車、ノルウェーやエストニアの汽車や自動車、旧ソ連のブリキの自動車、旧ユーゴスラビアの馬車と汽車、ネパールの自動車、バングラデッシュの馬車など、その多くに入手時の思い出があり、奇跡的な出会いがあって入手できたものが多いのです。例えばブラジルの木の汽車はパラナ州クリチバでの4日間の滞在中にたまたま日曜市があり、そこで偶然見つけたのです。
クリチバの日曜市で入手した汽車
 展示品は33年間、世界ののりもの玩具を追い求めてきた結果でもありますが、世界の民芸的な玩具は10数年前から中国製の玩具が台頭する中で急速に姿を消してしまい、最後のチャンスに入手できたのです。展示品のなかの8割以上が現在では入手不可能で、貴重な資料ばかりです。楽しいのは飛行機ひとつとってもお国柄があることです。材質は木が多いのですが、土やブリキもあり、それぞれに個性的で輝いています。
 今年の夏休みは、世界の乗り物玩具と出会える「乗りもの玩具博覧会」にぜひご家族でお越下さい。


NO53

1号館企画展「海の乗りもの」蒐集裏話。            (2010年6月11日 井上 重義)


 当館の東側は小さな水路を挟んで水田が広がりますが、去る6日に田植えが終わりました。3号館の遊びのコーナーの窓からは、田植えの終わった水田とにぎやかな蛙の合唱が聞こえてきます。田植えが終われば例年、夜になると水路に数匹の蛍が光るのですが今年も姿を見せてくれました。ちょうど1号館の入れ替えでスタッフも夜遅くまで仕事をしており、蛍の姿に感動の声が上がりました。東側は水田、館内や西側は緑に囲まれたのどかな環境に当館はあります。
ロシアのセルギーエフの船

 時事通信社の7月初旬の原稿を7日に届け、8日夕刻から9日の休館日にかけて1号館の入れ替え作業を行いました。無事作業も終わり、1号館の企画展「海の乗りもの」が始まります。正式オープンは明日からですが、1号館は当館の受付でもあり入り口にも当たりますので展示作業が終われば来館者にご覧いただいています。

 50カ国300点もの世界各地の珍しい船の玩具をご覧いただくと、良くぞこれだけのものをどのようにして蒐集できたのか疑問を持たれる方も多いと思います。いつも同じ言葉の繰り返しになりますが、蒐集にはタイミングが必要です。さらに時と人にも恵まれ、世界各地で作られた民族色豊かな船の玩具の数々が消える寸前に蒐集できたのです。
国際見本市で入手したスリランカの船
 当館が世界の玩具の蒐集に取り組んだのは33年前からです。1979年の国際児童年に向けて蒐集を始めました。入手方法は私や当館のスタッフが現地で蒐集、海外の博物館との資料交換、国際見本市会場や国内の海外の民芸品を専門に扱う業者からの購入ですが、大勢の協力のお陰で貴重な資料の数々を蒐集することができました。残念なのは当館と密接な関係があり、永年蒐集にご協力いただいた業者の多くが近年廃業したり経営者が変わって、私たちが欲しい資料が入手できなくなったことです。
メキシコのタラスコ族のカヌー

 当館は東欧やロシア関係の千点を越える貴重な資料の数々を所蔵していますが、その多くが東京の新橋に事務所があったベリョースカ白樺経由でした。今回展示のセルギーエフとセミョーノフの船車、ドウイムコボのボートも同社からです。同社が展示用に所蔵されていた玩具や人形関係の資料も同社が解散する寸前にご連絡をいただき引き取りました。ソ連邦が健在な頃は同国や友好国の民芸品がベリョースカ白樺を総代理店として輸入されていたのです。ソ連邦解体後はウオッカが輸入できなくなり、8年ほど前に同社は解散。その後ロシア関係の資料の入手は不可能に近い状況になりました。
 メキシコやペルーなどの玩具や人形などの膨大な資料を入手できたのは東京吉祥寺に事務所があったチチカカのお陰です。当館のクリスマス展で人気があるペルーの高さ80cmほどもある大型のレタブロ(箱型祭壇)も同社からでした。今回の船の展示でも、ペルーのチチカカ湖のトトラ船、メキシコのタラスコ族のカヌーなどは同社からですが、一昨年同社の設立者が退任後は取り扱い内容も変わり、横浜に移転後は当館とも取引がなくなりました。上京する度に世界の民芸品を扱う業者を訪ねていたのですが、そんな楽しみも減りました。
 当館学芸員が現地採集した貴重な資料も幾つも展示しています。ブラジルのベーレーンやサルバドールの船、エジプトの漁船、ベトナム・ホアルーの竹の船など、これらは現地に行かないと入手できない貴重な資料です。国内のものも寄贈を受けた昭和初期の沖縄のヤンバル船など、数多くの貴重な資料を展示しています。
エジプトの漁船 ブラジルのサルバドールの船 ブラジルのベーレーンの船
 続いて7月3日から、6号館では世界各国の飛行機、汽車、自動車など空と陸の乗りもの玩具を集めた特別展が始まります。当館が長年に亘り蒐集してきた乗物の玩具を「乗りもの玩具博覧会」と題して1号館と6号館で同時に展示する催しですが、楽しく珍しい世界各国の乗りもの玩具の数々に感動されると思います。皆さまのご来館をお待ちしています。

NO52
企画展「ふるさとの武者人形」と
特別展「子どもの晴れ着とちりめん細工」が同時オープン。       (2010年4月22日 井上 重義)

シャガ いま当館の周辺は遅咲き桜が満開です。入り口にある八重桜(関山)は満開を過ぎて花吹雪の状況ですが、駐車場周辺の霞桜が満開で来館者の目を楽しませています。当館館内や周辺の桜は4月下旬に咲く遅咲きが多く約10本もあります。これらは20数年前に日本花の会から寄贈いただいた苗木が大きく成長したのです。もうしばらくは遅咲きの桜を楽しんでいただけるでしょう。庭も椿の季節は終わりましたがシャガや白山吹の花が満開です。
 佐野美術館の「ちりめん細工の世界」は去る5日で終わりましたが、尾崎学芸員が「学芸室から」で報告しているように予想通りの大盛況でした。
能勢さんからの大浜土人形(1号館)


 当館の1号館企画展と6号館特別展はいつも少し時期をずらしてオープンするのですが、手違いでこの24日に同時オープンと発表したことから2つの館での展示作業が重なり、この10日間は多忙な毎日でした。昨夜1号館の「ふるさとの武者人形」の展示作業が終わりやっとひと息つきましたが、その間に3号館のちりめん細工の常設展示コーナーも当館ちりめん細工研究会所属会員の出品による「傘飾りと吊るし飾り展」に換える展示作業を行い、3つの館での入れ替え作業がありました。しかし私にはこの後も大仕事が残っています。収蔵庫外に積み上げられた膨大な数の段ボール箱を運び込む作業で、パズルのように組み上げ積み上げて収蔵庫にしまいます。
米津さんからのきりばめ細工の袋(6号館)

 3館の展示はともに初公開の資料が多く、喜んでいただける展示になりました。とりわけ6号館の「子どもの晴れ着とちりめん細工」の子どもの晴れ着は、この20年間重点をおいて蒐集してきた資料のひとつで、約100着を所蔵していますがその半数を展示しました。ちりめん細工の古作も初公開のものが多く、先日から公開していますが来館者からは感動の言葉が聞かれます。
 1号館の「ふるさとの武者人形」の展示の中心は土人形です。武者人形が100体を超え、後は金太郎や虎などで合計約300点です。このように土人形が1号館でまとまって展示されるのは16年ぶりです。3号館のちりめん細工の傘飾りや吊るし飾りの展示も、それぞれに工夫を凝らしたり意表をついた作品が多く皆様に喜ばれるでしょう。

 私は開館以来「博物館の使命は失われ行く文化遺産を蒐集保存し、後世に伝えることにある」として当館ならではのコレクション形成を図ってきました。私たちの姿勢が信頼と評価を受けるのか、今年に入ってからも貴重な資料の寄贈が相次いでいます。岐阜県一宮市の米津さんから長年
コレクションに加わった豪華な座敷幟
に亘り蒐集されてきた大型のきりばめ細工の袋物19点の寄贈を受け、大阪の能勢泰明さんのご遺族からも大正から昭和初期の絵葉書や土人形などの寄贈を再度受けました。いずれも今回の企画展と特別展とにかかわる資料でもあり、早速に展示させていただきました。雛人形や端午の節句に係わる資料も継続してコレクションの充実を図っており、昭和初期の豪華な座敷幟などを入手しましたが増え続ける資料で収蔵庫がパンク状態でその対策が大きな課題です

 朝日新聞で4月18日から始まった連載企画「文化変調」は全国の博物館の現状を取り上げて興味津々ですが、文化遺産を蒐集し守るために作られたはずの博物館が財政難という現実に直面して続々と閉館になっている状況が報告されています。
 「乱立の末博物館重荷」と見出しにありましたが、現在の博物館冬の時代を招いた責任のひとつは、特色ある資料も持たずコレクションも充実させないで安易にハコを乱立させた自治体にもあるのではないでしょうか。博物館や美術館の歴史を辿っていただくと分かることですが、自治体が設立する以前に、各地で民間の博物館や美術館が設立されていました。民間といえば営利のために活動しているという見方がされがちですが、私同様に文化遺産を守るという使命感を持ち、資料を蒐集し自治体に先駆けて博物館や美術館を設立したところが多いのです。しかしそれらに対する支援や連携が無いなかで多くが閉館の途を辿り,貴重な文化遺産が散逸した例をいくつも見てきました。自治体も豪華なハコを次々に建設しましたが厳しい状況下にあります。貴重な資料を持つ民間の博物館と自治体とが連携をして、中身の充実した魅力的な博物館が何故造れなかったのでしょうか。


NO51
時事通信社の連載コラム「ふるさとの玩具」          (2010年3月2日 井上 重義)


 当館の庭に植えている春咲きの椿の花が次々に開き始めました。これらの椿は市内在住の愛好家のご好意で苗木を植えたのが開花するようになったもので、孔雀椿や月光椿、玉之浦椿など名品も少なくありません。これからしばらくの間は、椿の花もお楽しみいただけます。

 この1月1日から時事通信社の配信による私の連載コラム「ふるさとの玩具」が始まり2ヶ月が過ぎました。以前も館長室(1月1日付)で申し上げましたが10日毎に10日分の原稿を届けます。200文字ほどの文章と写真ですが、玩具が収蔵庫から見つからなくって右往左往することがしばしあり、それに作者の現状や今も作られているかどうかの現状確認などで予想以上に手間取り、昨日、3月下旬の原稿を送りやっとひと息つきました。

 嬉しいのは私の署名があることから読者から反応があることです。全国のいくつか
の地方新聞に連載されていますが、幸いにも地元の神戸新聞に毎日カラーで掲載されているため、ご来館くださったり、近所の方に「読んでいます。スクラップしています」と嬉しいお言葉をいただいたり、長野県や宮城県からも読んでいますと問い合わせをいただいたりで、私にとっては大きな励みです。

1月23日掲載「うずら車」(宮崎市) 2月6日掲載「肥後手まり」(熊本市) 2月15日掲載「裏奴凧」(大分県臼杵市)
 連載にあたり私は低迷する郷土玩具の現状から、少しでも郷土玩具に関心を持っていただければと考えて引き受けました。沖
2月21日掲載「太鼓山」(長崎市)
縄から始まり、鹿児島、宮崎、大分、熊本、福岡、佐賀、愛媛まで原稿を届けましたが、各地の郷土玩具の厳しい現状が分かりました。後継者もなく廃絶したり、廃絶寸前のものが余りにも多いのです。値段も決して高くはないのですが売れないという言葉もよく聞きました。県による差もあり、かつては物産館で売っていたが今は扱っていない、協会に加入していないので売っていないし実情も分からないという言葉も耳にしました。ふるさとの風土が生み出した郷土玩具が「それぞれの郷土の誇るべき文化財である」との認識がなく、たかが子供のものだと思われているのではないかとも思いました。

 当館は過去にアメリカ、スイス、ベルギー、ブラジルなどで所蔵する日本の郷土玩具展を開催しましたが、郷土玩具がわが国では「子どものもの」という先入観からか評価されることが少ないのに、海外では日本人の美意識や造型感覚を表現したアート作品として高い評価を受けたことに驚いた経験もあります。先日、ロンドンから来館されたご夫妻(奥様は日本人)と話し合う機会がありましたが、外国人が見たいのはこのような博物館ですと嬉しい言葉をいただきました。
 ふるさとの玩具=郷土玩具は単なる子供の遊び道具ではなく、それぞれの地に住む人々の美意識や造型感覚を表現した文化遺産であり、過ぎ去った時代の風俗や暮らしぶりが遺された資料でもあり、大切に守られる必要があると考えるのです。この度の連載では現存する作品だけでなく、地元の人からも忘れられている大正や昭和初期の作品も順次紹介したいと考えています。 


NO50
佐野美術館「ちりめん細工の世界」展によせて   (2010年2月28日 井上 重義)

マンサクの花
 あすから3月です。当館の庭も急に春めきました。椿の花がつぎつぎと花開き、万作の花も満開です。地表にはユキワリイチゲや福寿草の可憐な花も咲いて春の気配があちこちに漂っています。
昭和時代の雛人形(当館6号館で展示中)

 1号館の企画展「ふるさとの雛人形」が昨日から始まりましたが、それを待ちかねたかのように大勢の皆様がご来館くださいました。5号館は昭和30〜40年代のお雛様、さらに6号館は「雛まつり〜江戸から昭和のお雛さま〜」と館内3館で雛人形が見られるとあって、存分に雛人形の世界に浸り、早春の花々に至福の時間を過ごしていただいています。何人もの方から「すばらしい展示ですね」「お雛様だけでなく懐かしいものがいっぱいで楽しかったです」と嬉しいお言葉をかけていただき、6号館前の感想ノートにも「お雛さんが素晴らしい」「感動しました」と書かれていました。いつも思うことですが、博物館はいろいろな意味で来館者を満足させる魅力的な資料をもち展示することが大切であることを再認識した次第です。
佐野美術館展示風景
佐野美術館展示風景(ちりめん細工雛人形)
佐野美術館において熱心に展示を鑑賞する来館者

 去る20日から当館資料による特別展「ちりめん細工の世界」が始まった静岡県三島市の佐野美術館にも大勢の方がお越し下さっています。嬉しいことに初日の講演会も定員オーバー、また当館ちりめん細工講師による体験講座(4回)も早々と満席になり締め切られました。このようなことは最近では珍しいです、と佐野美術館の担当者の方にお聞きしました。
 この展覧会は伊豆稲取の雛の吊るし飾りの影響でちりめん細工に関心が高いこの地域の皆さまに、質の高い本物のちりめん細工を一人でも多くの方に見ていただきたいという私の考えから、同館にお願いをして実現をしたのです。というのも初日の私の講演「ちりめん細工の再興活動について」のなかでもお話したのですが、私たちが長年に亘り日本女性の美意識や造形感覚を表現した手の技の芸術品として再興に取り組んできたちりめん細工が、ここ数年来、中国製のまがい物が「ちりめん細工」の
名で京都をはじめ各地の観光地で売られるようになって、ちりめん細工=安物の土産品というイメージが広がり「悪貨が良貨を駆逐する」状況が生まれているからです。その払拭には、一人でも多くの方に本物のちりめん細工をご覧いただき、その素晴らしさを認識いただくことが大切だと思うのです。
 今回の展示は2007年に開催したたばこと塩の博物館での展示を上回る規模と内容です。
再版した3冊の書籍
新しい収蔵品も沢山出品しており、皆さまの感動を呼び起す展示であると思います。ぜひお誘いあってご覧下さい。
 また雄鷄社から私の監修で出版し、同社倒産後は絶版になり入手不可能になっていた『四季を彩るちりめん細工』『和の布遊びちりめん細工』『ちりめん細工季節の吊るし飾り』の3冊を当館が著作権を買い取りこの展覧会に間に合うように再版しました。いずれも古書市場で高値がついている本ですが、会期中は佐野美術館でお求めいただけます。









NO49
政府広報誌『キャビネット』1月号に掲載されました       (2010年1月1日 井上 重義)

 新年明けましておめでとうございます。
 厳しい経済情勢を反映して、博物館を取り巻く状況は好転の兆しが見えませんが、当館には新春早々、嬉しいニュースが舞い込みました。政府広報誌『キャビネット』1月号の「旬の人時の人」に取り上げられました。内容は「国内屈指の凧あげ祭りの開催で、町に新たな文化と活力を」と題して、1975年以来、当館が開催してきた全国凧あげ祭りが見開きで大きく紹介されました。
 この全国凧あげ祭りは当館が開館した翌年の新春から、日本各地に伝わる和凧の素晴らしさの紹介と子供たちに凧揚げの楽しさを伝えたいと始めましたが、当館の成長と共に大きく発展。伝統的な凧揚げ行事がなかった地で、一歩一歩歴史を刻み、大勢の協力もあって新春の凧揚げ行事としては国内屈指のものに成長したのです。
 今年は1月10日(日)に開催しますが、当館の呼びかけに応えて、全国各地から400人もの凧愛好者や保存会の皆様がご参加くださいます。特に今回は初参加者が多く、新潟、能登半島、神奈川、静岡、山梨、長野、愛知、奈良、京都、大阪、隠岐の島、山口、徳島、香川、長崎などのほか、地元兵庫からも大勢が自慢の凧を持って参加されます。天候に恵まれれば青森県の津軽凧から長崎県五島列島のバラモン凧まで日本各地の珍しい伝統凧が新春の空を美しく彩り、例年どおり私が揚がった凧を解説。大空を舞台にした伝統凧の競演が繰り広げられます。4日頃にはどのような凧が参加するか速報を流しますので詳しくはそれをご覧下さい。
新潟六角凧と愛媛五十崎の凧 六角凧と鬼ようず 長崎五島列島のバラモン凧 徳島のわんわん凧
津軽凧 讃岐のつり鐘凧
 また時事通信社からの依頼でこの1年間、毎日、「ふるさとの玩具」と題して、写真と180字ほどの文章で、日本各地の郷土玩具を紹介する事になりました。10日ごとに10回分の原稿を届け、1月中の原稿は届けましたが、この一ヶ月余り、そのことで頭がいっぱいでした。大変な仕事であることを実感しています。
 引き受けたのは、日本各地の郷土玩具の多くが後継者もないままに廃絶の途を辿り、その情報も流れることが少なく、忘れられようとしている現状から、多くの皆様に郷土玩具の素晴らしさを伝えることが必要だと考えました。それに私の玩具収集の原点は郷土玩具であり、人生最後の大仕事として郷土玩具のために役立ちたいと思ったからです。

 今年も仕事に追われる毎日となりそうです。
 変わらぬご指導とご支援を賜りますよう心からお願い申しあげます。

第36回凧あげ祭りについての詳細ページ



最新の館長室   館長室2016   館長室2015   館長室2014   館長室2013   館長室2012


  館長室2011   館長室2009   館長室2008   館長室2007   館長室2006   館長室2005






Mail:info@japan-toy-museum.org


〒679-2143
兵庫県姫路市香寺町中仁野671−3

TEL: 079-232-4388
FAX: 079-232-7174