1号館・冬の企画展

諸国牛のおもちゃめぐり〜牛の郷土玩具と天神さん〜

会期  2008年11月22日(土)→2009年2月17日(火)


干支(エト)をテーマにしたお正月の特別展も恒例となりました。「十二支」は、日本人の暮らしに深く浸透した民間信仰です。例えば、生まれ年にあたる動物の性質がその人の性格や運勢などに関係するという信仰、自分の生まれ年に因んだ動物を守りにする習俗などがあります。干支の郷土玩具はこれらを母体にして生まれた庶民的な文化財です。

来年の干支の動物は、己丑(=牛)。人間と牛との交流は古く、わが国で農作業に牛を用いるようになったのは、弥生時代のことといわれています。以来、牛は農耕に欠かせない動物で、農耕神の使いとして大切に扱われてきました。

人間との結び付きが強かった牛は、早い時期から玩具化がなされ、車を付けて引いて遊ぶもの、首振りの動作を楽しむもの、闘牛を真似て遊ぶ玩具などが作られました。牛がかつては運搬や輸送の手段として活躍していたことは、牛の背に米俵や千両箱をのせた郷土玩具にも伺えますが、農耕神の使いとされる牛に、豊作のシンボルを組み合わせることで、豊かさへの願いが託されたのでしょう。

また、牛は「天神」との結び付きが強いことでも知られています。もともと天候を司る神、農耕神であった天神は、やがて菅原道真の伝説や信仰と結びついて発展し、学問や文芸の神としても幅広い信仰を獲得するに至ります。江戸後期頃から各地の郷土人形の産地で製作される「牛のり天神」の土人形は、道真と牛との逸話を表現すると同時に、農耕神との結びつきによって、豊かな実りを象徴する意匠とも考えられてきました。

本展では、約300点の牛と天神人形を造形によって分類展示し、人々がそれらに込めた願いを探ります。


      

■展示概要

 
@牛の郷土玩具

豊作を願う牛……「俵牛」や「千両牛」は各地の郷土玩具によく登場する造形です。牛は、農作業に欠かせない動物で、大切に扱われてきました。米俵をのせた牛の造形は、豊かな実りを象徴しています。また、かつて牛は運搬の手段としても活躍していました。千両箱をのせた牛の造形には、豊かな暮らしへの願いが託されました。

  

幸せをまねく牛……農耕神の使いと考えられた牛は、大黒天(=福の神)とも結びつき、また、丑寅の方位を守護する虚空蔵菩薩(=知恵と福徳の仏)と結びついたりして、幸福をまねく動物とも考えられてきました。各地の神社や仏閣で授与される撫牛(なでうし)などは、幸運のマスコットとして大切にされています。

 

疫病神除け・瘡除けの牛……江戸時代から明治初期にかけて猛威を振るった疱瘡(ほうそう=天然痘)は、疱瘡神が人にとりつくことで発病するものと考えられていました。疱瘡神は「断れない客」のようなもの。何とか、もてなして軽く済ませてもらおうと、まじないに満ちた玩具の数々がつくられていました。会津の赤べこなどは、疱瘡に罹った時に出来るカサブタ(瘡=くさ=草)を食べて、早く全快するようにというまじないが込められた造形です。

 

闘牛あそび……闘牛に取材した牛の玩具は、琉球張子の牛(沖縄県)のように、首を揺らして、その様子を楽しむもの、また、小千谷の木牛(新潟県)のように、子どもたちが角を闘わせて遊ぶものもあります。

 

牛の造形いろいろ……牛のり唐子、牛の童子、牛車、牛土鈴など、各地の牛の玩具を造形のおもしろさに焦点をあてて紹介します。 

     


 
A天神さま

 天神さまをかたどった人形は、江戸時代後期には日本各地で作られるようになり、現在も郷土人形として伝承される地域もあります。干支の動物、牛との組み合わせでも知られ、全国各地で古くから親しまれてきました。「農耕の神さま」「学問の神さま」「桃の節句の天神人形」「疱瘡除けの天神人形」「天神さんの伝説」の5つのグループで天神人形を紹介します。天神人形のバリエーションの豊かさを通して、天神さまがいかに人々に敬われ愛されていたかを知ることが出来ます。


   

        農耕の神様・学問の神様        桃の節句の天神人形・疱瘡除けの天神人形


    
   
天神さんの造形(牛と天神、松と天神)            天神さんの造形(梅と天神、綱敷天神)