NO.125

夏の展示準備が始まりました           (2012年6月2日  学芸員・尾崎織女)

館のまわりで大きく豊かに枝を広げた栴檀(せんだん)の木々が、薄紫色のフラワーシャワーを降らせ、あたりの田圃ではお田植えの準備も始まっています。雨の季節もまもなくですね。この季節につきものなのが、晴天を祈る“てるてる坊主”。子どものころから当たり前のように親しんできた“てるてる坊主” ですが、結構、古い歴史をひめていることをご存じでしょうか。
中国には、昔、箒(ほうき)で雲を掃いて晴天をもたらす“掃晴娘(ソウチンニャン)”と呼ばれる紙人形がありました。白い紙の頭に青と緑の着物をまとい、植物を束ねた箒をもった姿で表現されるものですが、この“掃晴娘”は、降り続く雨で水没しそうになった町を、自らを犠牲にして救った美しい娘の伝説と結びついているともいわれています。江戸時代の『嬉遊笑覧(きゆうしょうらん)』(喜多村信節著/文政13年頃)という書物には、雨天を晴天に変える力をもった「中国の“掃晴娘”が日本に伝わり、“てるてる坊主”になったのではないか」と書かれています。
江戸時代の“てるてる坊主”は“照々法師(てるてるほうし)”と呼ばれ、“掃晴娘”と同じように、雨が止むよう願をかけ、庇(ひさし)などにつるされていました。“照々法師”の顔には目鼻はなく、願いをかなえてくれたときにだけ目が描き入れられたそうです。天気予報が非常に正確な今日ですが、“てるてる坊主”を作って庇につるし、願いをこめてじっと空を仰ぐ……そんな心も忘れず、子どもたちに伝えたいですね。
                         
学芸室では、只今、他館からのご依頼を受けて出張する資料を整える作業も進めています。今夏は、企画ごと資料を持ち出す大がかりな展示はお受けしておらず、3館の企画特別展に資料出品の形でご協力いたします。
南丹市立文化博物館(京都府)の夏季企画展『戦争展~平和な世界を目指して~』(7月14日~9月17日)に、太平洋戦時下の玩具のいろいろを、ミュージアムパーク茨城県自然博物館の夏季特別展『不思議いっぱい貝たちの世界』(7月7日~9月17日)に、貝を使った玩具のいろいろを、それから福井県立歴史博物館の『玩具の100年~玩具でたどる明治・大正・昭和』(7月21日~9月2日)には、明治から昭和のままごと道具のいろいろを出品いたします。先日は、福井県立歴史博物館から担当の学芸員女史とカメラマン氏をお迎えし、一日がかりで図録に掲載されるままごと道具の撮影作業が行われました。玩具資料をコレクション群として所蔵していることで、このような協力が可能となっています。

軍艦車↑
鉄かぶととラッパ(昭和10年代)↓

ホッキガイの下駄(兵庫県明石)↑
バイガイの独楽(ベーゴマ)(明治時代)↓
↑ままごと道具の撮影風景
このように、各地の博物館施設で夏に向けての展示準備が始まっていますが、日本玩具博物館でも夏の企画展『幻の神戸人形』と特別展『世界の鳥のおもちゃ~形と色と音色~』の展示準備の真っ最中。来週は、職業体験にやってくる地元の中学生たちを迎えて、まずは一号館の企画展を準備します。この企画展では、新たにコレクションに加わった明治中期から昭和初期の資料を中心に“神戸人形”をめぐる100年の歩みをご紹介いたします。港町神戸が育んだからくり人形の奇知と工夫と作者の自己表現を、存分に楽しんでいただける内容に仕上げたいと思いますので、どうぞご期待下さい。
展示を待つ神戸人形たち


NO.124

中国の端午節~伊藤三朗コレクションより~      (2012年4月26日  学芸員・尾崎織女)

日本玩具博物館は、去る4月16日、四半世紀にわたって親しく交友のあった中国民間玩具研究家・伊藤三朗さんから、氏が生涯をかけて蒐集されたコレクションの寄贈を受けました。その大半が文化大革命(1966年から約10年間)以降、中国各地で復興を果たした民間の美術工芸的な玩具や人形です。
伊藤三朗氏が作成されたコレクションカードNo.1

約850項目、総点数にすると1000点に及ぶ民間玩具(日本でいう「郷土玩具」は、彼の地では「民間玩具」と呼ばれます)について、伊藤さんは、一点一点、すべて撮影して登録カードをお作り下さり、また、中国美術学会民間工芸美術委員会の徐芸乙氏(南京芸術学院教授)の監修を得て、資料名称や産地、またそれぞれの特筆事項を解説してもらわれた上で、私どもにお預け下さったのです。どんなに立派な品であっても、その品についてのデータがなければ、博物学的価値が高いとは言えません。品物にはその出自来歴を示すデータがあって、博物館の第一次資料となりうるのです。日本玩具博物館は、これまでにこのような大型コレクションをいくつも頂戴してきましたが、コレクション受け入れ時に、もっとも重要でもっとも大変なのが、データづくりの作業です。この骨の折れる仕事をきちんと整えられた上で寄贈下さった伊藤さんの、コレクションに対する愛情と責任感を、私たちはとても尊敬し、深く感謝申しあげたく思います。また、私どもの博物館を選んで寄贈下さった伊藤さんのお心に添うべく、心して務めを果たしていきたいと思います。


届いたコレクションの整理風景
コレクションが手元に届けられた4月16日から一週間かけて、伊藤さんのコレクション・データに照らし合わせた後、当館の収蔵方法に従って、産地ごと、材質ごとの分類整理を完了したところです。学芸員にとっては日課のような仕事であり、モノの数の多さと付き合うのには慣れてはいますが、一週間べったり、モノばかりの世界に籠もりっきりになると、どうかすると、自分の暮らすこの世の方が異世界に思われてくるから不思議です。
当館には、日中戦争以前に尾崎清次氏が蒐集された、古い時代の中国玩具300点のコレクションがあり、また、中国民間玩具研究の第一人者であった故・李寸松先生のご協力を得るなどして、当館が独自に収集した資料の300点を所蔵しています。伊藤コレクションの内容については、すでに顔見知りのものもあり、繰り返し展示品としてあつかう親しい間柄の資料も少なからずありましたが、一方で、収蔵資料の中、産地不明であったものや由来がわからなかったものが伊藤コレクションの解説を得て、特定できたものも数多くありました。

河南省の“泥泥狗”や“泥咕咕”の土俗的な造形、陝西省の泥動物の目のさめるような彩色、甘粛省の端午の香包における古代文明の薫り、山西省や陝西省の“布老虎”の愛らしさ、山東省の“棒棒人”の素朴さ、天津や北京の“紙鳶”の麗しさ……それらが全体としてかもし出す世界は、まさに、古きよき中国大陸の縮図です。1966年から約10年間にわたって中国全土に吹き荒れた文化大革命。その文化破壊と混乱によって荒廃をきわめた土地土地に、1980年代、再び地方文化を育て、花を咲かせた中国の人々の不屈の精神を想います。
怪獣の泥笛“泥泥狗”
(河南省淮陽) 
泥動物“大老虎”
(陝西省鳳翔) 
“棒棒人”
(山東省郯城) 
“布袋戯”の木偶“唐三蔵” 
(福建省漳州)
“風箏・肥燕”
(北京)

“金魚灯”(江蘇省南京)
日本の郷土玩具と同じように、暮らしの中から誕生した中国の民間玩具には、材質にも造形にも産地ごとに特徴があります。また、元宵節(旧暦1月15日の小正月)の灯籠玩具や、端午節(旧暦5月5日)の虎の玩具、仲秋節(旧暦8月15日)の兎玩具などのように、節句や祭礼にちなんで登場する玩具や人形、飾りものなども数多く見られます。

ここで少し、端午節のことをご紹介したいと思います。中国において端午節といえば、春節(旧暦の正月)に次ぐ大きなおまつりです。その昔は、どこの家でも宝剣をかたどったショウブやヨモギを戸口に飾り、薬草で室内をいぶして疫病神の退散を期しました。夜になると、眠っている子どもの腕や指に輪にした色糸をかけます。そうすると邪気が払われると考えられていました。また、この日には、龍船競争が行われたり、粽を食べる習慣もあり、日本の端午の行事は、中国の影響を受けたものであることがよく理解できます。

今ではそんな風習も地方に少し残されている程度だと聞きますが、かつて、端午節が巡ってくると、中国の子どもたちは、額に虎を表す「王」の文字を、頬から耳には、魔除けの力がある雄黄酒を指先につけて線をひいてもらいました。虎頭の帽子に虎顔の鞋、虎模様の上着を身にまとい、子どもたちは小さな虎になるのです。そして、端午節には虎の玩具がつきものでした。布で作られたもの、土や紙で出来たもの・・・何もかも虎ばかり! 中でも、ぬいぐるみの虎「布老虎(プーラオフー)」は広く親しまれてきました。中国各地の布老虎をずらり集めて眺めてみると、百獣の王に似合わぬ愛らしい表情とデフォルメされた造形が特徴的です。こうして虎尽くしの一日を過ごした子どもたちは、その夜、虎形の枕で眠るのです。
中国で「端午の虎、五毒を踏みつける」という言葉はよく知られています。五毒とは、ムカデ、サソリ、クモ、ガマ、ヘビのことで、強い精力をもった恐るべき存在を意味します。それらを平然とふみつける虎は、魔を追い払う霊獣というわけでしょう。端午の虎尽くしには、虎のもつ霊力にあやかり、強く健やかな子どもに育ってほしいという親たちの願いが込められています。

     画像の左から、“虎帽”(陝西省西安)/“虎鞋”(陝西省)/“牛面虎”(山西省)/“布老虎”(河南省淮陽)/“黒臉紅虎”(山西省)
美術的にも、玩具の動く工夫や音の出る仕組みについても、何をとっても、他のどこにもないユニークさ。それは、この国の人々にしか作り得ないもの。幸福を願う造形、子どもの健康を祝福する造形、宇宙の色を身の内にすべてとりこんだ造形……それらの中にあふれる民族の風格というものについて、隣国の私たちはもちろん、本国の方々にも今一度、ふり返って眺めていただきたく思います。企画を温め続けて、来秋の企画展にて広くご紹介したいと思っておりますので、ご期待下さいませ。


NO.123

目覚めの春~美しきイースター・エッグ~         (2012年4月13日  学芸員・尾崎織女)


桜の花が満開になる春は、別れと出会いの季節。3月、当館においてもこの春は長年にわたって博物館活動をともにしてきたスタッフ数人が退職し、寂しさと新たな出会いへの期待が交錯する春を迎えました。そして4月、受付・ミュージアムショップ関係にも、学芸室にも、ちりめん細工材料室にも、新たなスタッフが加わり、元気一杯、明るい笑顔で担当業務についてくれています。また、新しいスタッフと一緒に、皆さまに愛される玩具博物館をつくっていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願い申しあげます。

学芸室では特別展示室の展示替え作業が終わり、『端午の節句~明治・大正の武者飾り~』の準備が整いました。今回、6号館西室の「江戸時代のお雛さま」ゾーンを収蔵し、そこに武者人形を飾っています。東室の「明治時代のお雛さま」ゾーンはそのまま残しておりますので、特別展示室では、西側に明治・大正時代の武者飾りを、東側に明治時代の雛飾りをご覧いただくことができます。明治時代から大正時代にかけて、京阪地方を中心とした都市部で祝われた節句飾りの世界――深緑色の毛せんの上のきりりとした武者人形と、緋色の毛せんの上の華やかな雛人形―――を対比的にお楽しみいただければと思います。

木々が芽吹きを始める欧米の春は、“イースター(復活祭)”が華やかに祝われる季節でもあります。
復活祭(=イースター)は、イエス・キリストが十字架上で亡くなって3日目によみがえったことを祝う行事です。春分の日を過ぎ、最初に満月を迎えた後の日曜日が復活祭当日(=イースター・サンデー)にあたります。本年は、西方教会では4月8日、東方教会では4月15日がイースター・サンデーです。日本人にとってはクリスマスの方がずっとなじみが深いものとなっていますが、キリスト教世界において、イースターの祝祭はクリスマスよりもさらに重要な意味をもち、すべての生命が目覚め、再生するスタートラインとして、春の代名詞ともなっているようです。
約100年前のイースターエッグ(チェコの農村部)
復活祭の雰囲気を盛り上げるのが“イースター・エッグ”と呼ばれる卵です。卵殻を彩色して裸木に飾り付けたり、早朝、大人たちが庭や野原のあちらこちらに隠したゆで卵を子どもたちに探させたり…。近年、卵の形のチョコレートを、家族や親しい人同士で交換する風習も盛んになっているそうです。古来、卵は、生産力の源として神聖視され、目覚めや再生を象徴するものと考えられてきたことから、春の祝祭と結びついたと考えられます。
装飾物となるイースター・エッグは、卵の上部に小さな穴を開けて中身が抜かれ、殻に数々の美しい絵柄が描かれるのですが、これにはどのような意味があるのでしょうか。地域によって異なりますが、ポーランド出身の知人に尋ねると、魚は信仰心を、小鳥は子宝を、樹木は永遠の若さを表わし、花は愛と慈悲、麦穂は暮らしの豊かさ、十字は結婚、波線は守護を象徴するのだと
東欧各地のイースター・エッグ
教えてくれました。当館は、古いものでは、大正時代末期のチェコスロバキア(現在のチェコ)で作られたろうけつ染めのイースターエッグを収蔵しています。その昔、チェコの農村部では、イースター・サンデーになると、小枝のムチを持って、青年は乙女を、乙女は青年を打ち、打たれた者は打った者に自分が彩色した卵を贈るという風習がありました。
男女が互いの生命力を喚起して、豊かな実りと生命の誕生を願ったものと考えられます。

写真にご紹介する美しい彩色卵は、ウクライナ、チェコ、ポーランド、ルーマニア、ドイツで作られた伝統的な作品の数々。これらは、昨年度、当館友の会の笹部いく子さんからご紹介を受け、東欧民芸を専門的に扱っておられるショップを通して入手させていただいた資料です。ろうけつ染めの手法で模様付けされたもの、細密なペンで幾何学文様が描かれたもの、色つきの蜜蠟で表面を盛り上げるように彩色されたもの、農村に伝わる切り紙細工を張り付けたもの、卵殻の表面が繊細に彫刻されたもの…と様々な手法がみられ、どれもこれも美しい作品ばかりです。この春、『イースターエッグとウサギの玩具』というようなテーマで春らしい展示をしてみたいと計画しておりましたが、その企画は次年度以降に持ち越し、美しいイースターエッグの数々は、今夏の特別展『世界の鳥のおもちゃ』で、鶏の造形にからめてご紹介したいと思っています。
目覚めの春が皆さまにとって、よきスタートラインとなっていますように。



NO.122
菜の花のお雛さま                 (2012年3月25日  学芸員・尾崎織女)
昨日は旧暦の上巳の節句(じょうしのせっく=元々は3月上旬の巳の日を意味していましたが、中国の三国時代頃から、3月3日を指すようになりました)。
  「学芸室からNo.47」で、以前に一度ご紹介したことがありましたが、子どもの伝承草花遊びの中に“菜の花のお雛さま”というとても可憐な草雛があります。それを半日かけて、ご来館者に紹介してみたいと思い、昨日は、材料となる菜の花を探して、林田川、夢前川、揖保川の河川敷へ……。たくさんの菜の花の風景と出合えました。
林田川の河原は菜の花が満開。近くで遊んでいた子たちを誘って、水辺でにわか仕立ての雛人形を作ったりしながら、バケツに3杯分の菜の花を摘みました。
菜の花と菫のお雛さま


古代中国の上巳の節句には、草人形(くさひとがた)を作って 水辺で身の穢れを祓うことが行われていましたから、子どもの遊びの世界に伝承されてきた草でつくる人形は、大昔の節句の風習を今に伝えるものなのかもしれません。

今日は、午後の陽光が燦々と照るランプの家に長机を持ち出して、三々五々訪ねてこられる方々と菜の花のお雛さま作り…。バケツ数杯にいっぱいだった菜の花がなくなってしまったところで終了しました。かわいい!と目を輝かせる子どもたちや、素朴な風情を懐かしまれるご年配のご婦人方、中には……「今夜、ちらし寿司つくって、この菜の花雛を飾ったら、シュールでおしゃれな食卓に、旦那さまはきっと、私に惚れなおすと思います!」とにこにこ顔の若奥様もあって、とても楽しい会場でした。
豪華な衣装のお人形もいいけれど、遊び心あふれる素朴な草のお人形もいいですね。



「子どもの頃が懐かしいわ」 「家族みんなで草雛の段飾りを作ります」  「帰ったら、もうひとつ作りたい!」


NO.121

ようこそ、お雛さま
                                 (2012年3月7日  学芸員・尾崎織女)  

桃の節句、雛まつり―――皆さんのご家庭では、3月3日にこの行事を終えられたでしょうか。あるいは、桃も桜も満開に近くなる一ヶ月遅れの4月3日を待っておられる
明治12年製の古今雛(登録No.12-A004)
しょうか。私どもの博物館がある播磨地方では、4月3日にお祝いされる家庭も少なくありません。これは、その昔(江戸時代から明治時代にかけて)、旧暦でお祝いしていた頃の名残なのです。そう、きちんと旧暦に合わせて桃の節句を迎えるなら、今年は、あと2度チャンスがあります。1度目は、3月24日(旧三月三日)、2度目は4月23日(閏三月三日)です。今年の太陰暦では、一年の日数のずれを調整するための閏月が三月に設定してあるからです。

ここ数日のうちに、玩具博物館は、あちらこちらから古い時代のお雛さまをお迎えしました。結婚や転居など、ご家庭の事情によって、傍に置けなくなったものを寄贈いただいたり、博物館独自のルートで購入をしたり・・・。井上館長が車を飛ばしてお雛さまのお迎えに出かけ、お引き取りさせていただいたものもあります。今、時代の埃をまと
上から撮影した女雛の表情
った雛箱を開け、順番にお入れしている最中です。雛人形を手元に迎えるたびに思うことですが、人形には、工芸的な美とは別に、それぞれ特別のムードのようなものがあります。持ち主に大切にされていた人形と、長く見向きもされなかったものとでは、まったく違うムードがあるのです。誇りに満ちて明るいムードの人形に出あうと嬉しくなり、その逆であれば、お手入れを一生懸命にしてやろうと思います。正しく大事に扱うほどに、人形は、本来もっている愛らしさを見せてくれるようになります。
それでは、収蔵資料としての登録を終えたお雛さまのうち、ここで、ふたつ、日本玩具博物館蔵となった美しい資料をご紹介したいと思います。

ひとつ目は、明治12年製の屏風飾りの古今雛です。人形の頭をぬいてみると、花押入りで、「玉翁」の署名がありました。つまり頭は、幕
作者の署名と花押
末から明治時代にかけて活躍した名工・玉翁の作。玉翁は、江戸の「古今雛」の様式を京へ伝えた人形師として知られています。細筆でこまかな埃や汚れをさらい、結髪をやさしく整え、収納されているうちについた“くせ”を、傷めないよう注意しながら整えます。
・・・・・・・・・・・・さて、資料用に撮影をしようと、男雛に烏帽子をつけ、女雛には玉が豊かにさがる天冠をつけて、しばし眺めました。なんと美しいお雛さまでしょうか。静かな表情が見る角度によって艶やかにも清楚にも、また柔和にも厳かにも見えるから不思議です。明治時代前期ぐらいまでの雛人形のやわらかい雰囲気は、衣装の色調にも関係があるようです。例えば女雛の赤い袴や唐衣に使われる絹織物について、かつては紅花で染めた朱や橙に近い赤であったところ、明治中頃になってヨーロッパから化学染料が入ってきたことで、それは強烈なスカーレットで染めたものになってしまいます。今の雛人形の衣装や緋毛氈の赤に接すると、目の前がぱっと華やかになりますが、紅花染めの赤は、もっと品が良く、見るものをほっとさせる力があるように思えます。
ランプの家に展示した源氏枠飾りと御殿飾り(大正時代)
登録作業(この古今雛の資料ナンバーは、12-A004)の後は、形を整えながら梱包して、いい状態で一年ほど休ませてやろうと思っています。来春、展示するときには、もっと綺麗になっているはずです。人形は、きちんと梱包、丁寧に収蔵・・・を繰り返す中で、“眠りくせ”がとれていくからです。

もうひとつは、大正時代の源氏枠飾りのお雛さま。「源氏枠飾り」という形式は、江戸時代後半に京阪地方に発し、屋根のある御殿飾りと並んで人気を博しましたが、昭和初期頃に、急速に姿を消していったものです。寄贈者によれば、100年ほど前、大阪の北浜の家庭で飾られていたものとか。その頃の様子を撮影したお写真も頂戴いたしました。持ち主だったご婦人からはお心のこもったお手紙も添えられていました。戦争中は、遠い疎開先へと荷車で運んで傍に置き、またその後、あちらこちらへ転勤、転居をしても、お雛さまはずっと一緒であったと綴られていまし
持ち主のアルバムの中から頂戴したお写真
た。長い間、持ち主の手元で愛しまれてきたお雛さま。黒漆塗りに白い菊花文様が描かれた源氏枠御殿(屋根を取り払った形式)は、高さ60センチ、横幅約1メートルあります。少しの傷みは、補修の上手な井上館長の手が入り、綺麗に組み上がりました。

内裏雛、三人官女、五人囃子、随身、仕丁。箪笥、長持、鏡台、針箱、台子道具(お茶の道具)、懸け盤(本膳料理をもる器)、湯桶、飯桶、重箱、高杯、菱台、火鉢、花車、桜橘の二樹・・・・・・。人形も諸道具も賑やかに揃っています。今一度、風を通したく思い、登録作業(この源氏枠飾り雛の資料ナンバーは12-A010です)を完了した昨日、ランプの家のお座敷にお披露目を兼ねてお飾りいたしました。そのお座敷には、既に、大正時代の御殿飾りをひと組、展示しております。阪神淡路大震災の年、西宮市に住まわれていたご婦人から寄贈を受けたお雛さまです。大正時代の御殿飾りと源氏枠飾りが揃い、ランプの家のお座敷がとても華やかになりました。

玩具博物館に大切なものをお寄せ下さった方々に、心より御礼申し上げます。これをご縁に、今後とも親しくお付き合い下さいますようお願い申しあげます。ご来館の皆様には、4月10日まで展示いたしておりますので、6号館展示室の「江戸と明治のお雛さま」と合わせてご覧いただき、こちらでは大正時代のクラシックな風情を味わって下さいませ。


NO.120

王朝あそび「貝合わせ」 
                                  (2012年2月26日  学芸員・尾崎織女)  

6号館で開催中の特別展「雛まつり~江戸と明治のお雛さま」に加え、昨日より1号館では企画展「季節を彩るちりめん細工」が正式にオープンし、日本玩具博物館は
<左側が凸で陽/右側が凹で陰>
一気に春らしいムードに包まれています。桃の節句も近づいた日曜日、講座室では、「“貝合わせ“を作って遊ぼう!」と題するワークショップを開催しました。

「貝合わせ」は平安時代の貴族社会に発生し、長く受け継がれた王朝遊びのひとつです。平安時代においては、貝殻の形や色合いの美しさや珍しさを愛で、その貝殻を題材にして歌を詠じて優劣を競う遊びでした。それとは別に、一対の貝における身と蓋(ふた)を合わせる遊戯は「貝覆い(かいおおい)」と呼ばれていましたが、時代が下ると、この遊びもまた、「貝合わせ」と考えられるようになりました。貝合わせに使用する貝殻を「合わせ貝」と言います。一対の貝の蝶番になったところをよく観察すると、凸になった方と凹になった方があるのに気付きます。貝合わせにおいて、凸になった方を“陽”(=地貝)、凹になった方を“陰”(=出貝)と呼びます。男女に見立てられた合わせ貝は、360個もの蛤貝が一セットです。地貝と出貝に分け、それぞれ別の貝桶に収めて保存されます。

江戸時代に遊ばれた「合わせ貝」には大形の蛤貝が用いられ、金箔や蒔絵で美しく装飾されていました。これらを伏せて並べ、多くの中から、もとの一対を探す遊びが「貝合わせ」です。対になる貝を違えないところから夫婦和合の象徴とされました。大名の姫君の婚礼調度の中で、合わせ貝とそれを収めた貝桶は、最も重要な意味を持ち、婚礼行列の際には先頭で運ばれたそうです。婚礼行列が婚家に到着すると、まず初めに貝桶を新婦側から婚家側に引き渡す「貝桶渡し」の儀式が行われたといいます。
「雛まつり展」に展示中の合わせ貝(江戸時代)


簡単な遊び方をご紹介しましょう。
  ①一対の貝を“陽(=地貝)と“陰”(=出貝)に分け、毛せんの上、円状に地貝を伏せて並べます。
  ②貝桶の中から、出貝をひとつ伏せて真ん中に出し、その模様や形を手掛かりに、対の地貝を探します。
  ③合わせた貝を両手で片方ずつ取り、自分の左脇にもってきて、合わせます。二枚の貝がぴったり合うとカチリと音がします。
  膝の前で二枚の貝を開いて、中の絵を一同に見せます。一同は「お見事でございます」とほめたたえるのが決まりです。
  ④左脇までもってきてしまった後、対が間違っていたときは、「お許し遊ばせ」と言って、貝を元に戻して、次の人に順番を譲ります。

貝殻に絵を描く
今回のワークショップでは、スプレーで金色に着色した貝殻の中に、思い思いの絵を描き、ひと組ができあがったところで、「貝合わせ」の遊びを行いました。ご遠方よりお越しになられた絵心のある方々、ご近所の子どもたち、ご家族連れでご来館下さった皆さま……大人も子どもも一緒になって、小さな貝殻の中の世界にひととき浸り、それらを使って一緒に遊ぶのはとても楽しい体験だったのではないかと思います。ひとつの出貝と同じ形や模様の貝殻を多くの地貝の中から探し出し、カチリと音がしたとき、そして、一同から「お見事でございます」と言ってもらえたときには、なんとも言えずうれしいものです。貝殻の絵に夢中になる大人たちを尻目に、子どもたちは、貝合わせの遊びに夢中になってくれました。「今夜はお母さんに蛤のお味噌汁つくってもらって、小さな貝にたくさん絵を描く!」――小学校3年生の女の子がそんなふうに言いながら、ポケットに一対の蛤を入れて笑いました。
そして―――「トランプの神経衰弱とよく似てると思ってたけれど、陰陽の観念に支えられた東洋的な遊戯なんだとよくわかりました。」―――ご遠方からのご参加者が、本日のワークショップをそんな言葉で締めくくって下さいました。本日の様子を画像で少しご紹介します。


講座の皆さんが描かれた合わせ貝


皆さんが描かれた合わせ貝


貝合わせで遊んでみる………「う~ん…、どれかなぁ…」


NO.119

バートキッシンゲンに玩具博物館オープン! 
                                      (2012年1月31日  学芸員・尾崎織女)  
バートキッシンゲン玩具博物館のポスター
■1994年から交流を続けているドイツの人形玩具蒐集家、ヒラ・シュッツさん(Ms.Hilla Shütze)から、先日、嬉しいお便りが届きました。「2011年12月に、バートキッシンゲンの風格ある古い建物の一角に、“Spielzeugwelt(おもちゃの世界)”という名の玩具博物館がオープンしました」と。
ヒラ・シュッツさんとは、年に数回お手紙を交換する間柄です。手元にある日本の郷土玩具や伝承人形を届けたり、その返礼に彼女からは復活祭やクリスマスのオーナメントをプレゼントしてもらったり、また、知りたい文献をご紹介してもらったり……と、親しいお付き合いを続けてきました。彼女から贈ってもらったドイツやオーストリアの玩具や写真資料は、200点に及びます。そうした“もの”や情報ばかりではなく、ドイツの古い街に人形や玩具を愛する、暖かい心をもったひとりの女性が住んでいて、私たちは彼女の友人である……そのこと自体が、玩具博物館にとって、目に見えない、けれど、大きな価値をもっていると思います。(シュッツさんのことは「学芸室からNO1」で一度ご紹介しました。)
そのシュッツさんが、長い年月かけて蒐集し、ときにはそのコレクションの一部を展示しながら、手元で慈しんでこられた品物の数々を収め、恒常的に公開する施設が、この度、完成したのです。長く、彼女が暮らす街にそのような施設がつくられ、公的に守られていくカタチが整ったことをとても嬉しく思います。

■届けられたポスターは、さっそく、“ヨーロッパのおもちゃで遊べるコーナー“の壁に掲示しました。その壁には、私たちと交流のあるヨーロッパやアメリカの玩具博物館をポスターによってご紹介しています。その中に、バートキッシンゲンの玩具博物館をラインアップさせましたので、ご来館の方々には目を止めていただきたく思います。バートキッシンゲンは、ヴュルツブルクやバンベルクにも近いバイエルン州の景勝地。温泉があるため、保養地としても知られています。ドイツを訪ねる機会には、ぜひ、バートキッシンゲンの“Spielzeugwelt”をご訪問下さい。そして「香寺町の玩具博物館でこちらのポスターを見たよ」と話して下されば、きっと館の方々が喜んで下さると思います。
http://www.badkissingen.de/de/stadt/kultur/museen/bismarck/18383.Spielzeugwelt.html

日本玩具博物館は、25年以上にわたって海外の玩具博物館との交流を続けてきました。おもちゃの国・ドイツには、ニュールンベルグをはじめ、古い町々に多くの玩具博物館がありますし、イギリスやスイス、また、チェコ、ハンガリー、ルーマニアなどの東欧の国々にも民族的な玩具資料を扱う博物館が存在します。どの玩具博物館も、コレクションの内容や活動に特徴がみられて、それぞれにユニークです。これまで、日本の郷土玩具や雛飾りをお贈りしたり、また反対に、その地に古くから伝わる民芸玩具を頂戴したりして、細く長くのお付き合いを続けています。今後も世界にある多くの玩具博物館と手を結び、子どもを見守る大きな輪を広げていけたらいいなと、各地のポスターを眺めながら想うことです。

ニュールンベルグ玩具博物館 ローテンブルク人形玩具博物館 エルツゲビルゲ玩具と工芸博物館 ミュンヘン玩具博物館
エジンバラ玩具博物館
(イギリス)
チューリッヒ玩具博物館
 (スイス) 
ストックホルム玩具博物館
(スウェーデン) 
ケチキメート玩具博物館
(ハンガリー)


NO.118

玩具博物館の雛まつり2012
                                    (2012年1月26日  学芸員・尾崎織女)  
寒風が吹きぬける庭に、蝋梅(ろうばい)が黄色い莟をほころばせ、新春一番、馥郁とした香りを漂わせています。学芸室では、蝋梅の花が満開になるのと競争で、6号館の特別展『雛まつり』を完成させました。500組以上にのぼる雛人形コレクションの中から、今春は、江戸時代から明治時代に、大都市部(江戸・京都・大阪)で飾られた衣装雛の数々が勢ぞろい!! 大正・昭和時代のお雛さまや地方で飾られた土雛、張子雛などにはお休みをいただいて、裕福な町家の人々が育てた雛飾りに焦点を当てたものとなっています。そのためか、会場にはいつもの年よりもクラシカルな雰囲気が漂い、日暮れが近づいた展示室で仕事をしていると、遠い昔にタイムスリップしたような不思議な感覚を覚えたりもします。
明治40年代の雛飾り(京都製)


会期を待たず、展示完成と同時にオープンしている展示室で、今朝はご来館者から質問を受けました。

「お内裏様とお雛様の間に飾る“三方”、その上に置かれた徳利のようなものに立てられる花は何ですか?」と。
どのような様式の雛飾りにも、“三方”に錫製の“瓶子(酒器)”が付けられ、そこには熨斗紙が包まれた“桃の花”が立てられます。これは、桃の節句(供)のはるかなる歴史の源流にも関係が深い供えものなのです。
日本は奈良朝時代に中国から上巳の節句(桃の節供)の風習を受け入れました。『荊楚歳時記』(中国六朝時代3~
磯田湖龍斎・安永年間頃の
町家の雛飾り
6世紀の湖北・湖南省あたりの習俗や文化を記したもの)などによると、3月3日、上巳の頃になると、人々は草人形(くさひとがた)を作って水辺で禊ぎ(みそぎ)を行い、仙木である桃の枝や花を浸した酒を飲み、鼠麹草(母子草)を入れた羹(あつもの=餅状のものを入れたスープ)を食し、春の植物の薬効と霊力を身体に取り込むことによって、身の健康を保とうとしたといいます。桃の枝のもつ特別な力を頼むことは、3月3日の節句(供)の大事な儀礼でした。日本の貴族社会は、こうした中国の風習をそのまま取り入れたようです。江戸時代に入り、桃の節句が女性たちのものとして意識され始める頃から、「雛遊び」や「雛飾り」の要素が加わりますが、“ほころび始めた桃の花や桃の枝を浸した酒”は、草餅と並んで桃の節句に食すべきものとして、今日にまで伝えられました。“三方に桃の枝を差した瓶子”は、雛壇のど真ん中で、桃の節句の源流を知らせているのです。江戸時代、安永年間に制作された磯田湖龍斎の浮世絵の中、箪笥を利用した雛飾りにも、下段に桃の花を差した瓶子が置かれています。
雛料理の小さな御膳と器(明治時代)


本年の雛まつりでは、明治時代の桃の節句に女児たちが雛料理を楽しんだ器の数々をご紹介しています。その昔、節句が近づく
と、街の魚屋では全長7~8㎝の小さな鰈や鯛などが売られたそうです。小さな尾頭付きは、小さな雛の御膳の主役で、菜の花をみじん切りにした小さな菜の花ご飯や小さな蛤のお吸い物などとともに、小さな小さな器に盛られました。九谷や瀬戸で焼かれた陶磁器、おしゃれなギヤマンの瓶子には白酒や桃の花を浮かべた甘酒が注がれ、女児たちの健康が願われたのです。

雛まつりといえば、静かで厳かな「雛飾り」を想い浮かべますが、かつては、雛人形が並ぶ空間で、友人たちと人形と共食し、歌ったり踊ったりしながら、賑やかに過ごすのが、桃の節句のお祝いの大事なところでした。小さな雛料理の器の愛らしさ、本物らしさは、節句のもつ動的な世界を垣間見せてくれます。どうぞ皆さま、玩具館の雛まつりへぜひお運び下さり、一足早い春をお楽しみいただきたいと思います。




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