1号館・春の企画展

ままごと道具の今昔

会期 2007年3月3日(土)→6月26日(火)


「ままごと」は、2歳を過ぎた頃から女児が夢中になる模倣遊びです。ままごと遊びの起こりを、日本民俗学の柳田国男は、日本に残る民俗行事の中に求めていました。たとえば、お盆に行われる「かわらごと」の行事。お盆は死者が黄泉の国から舞い戻ってこの世で過ごす時節ですが、大人は霊が居る間、炊事をすることをケガレとして畏れ、女の子たちに河原で自由に調理させました。子どもにとっては、待ち遠しい日であったことでしょう。秋田のカマクラ行事や、各地に残る桃の節句の河原行事もその系統ですが、こうした楽しい行事を起源に「ままごと」遊びが盛んになったという説です。
本展では、日本におけるハレの日のままごと道具として、桃の節句に登場する「勝手道具」や「雛料理の器」を取り上げ、時代を追って展観するとともに、近代日本の日常のままごと道具の中から、明治・大正・昭和、各時代の代表的な資料を展示して、それらを通して時代の移り変わりをたどります。セットされ一式物として売られていた各時代の展示品の中には、今はすでに使われなくなった道具が残されていたり、子どもの夢を反映して、その時代最新の台所道具が付加されていたり…と、歴史資料としても見るべきものがあります。
時代色のある数々のままごと道具を展観しながら、それらを使った女児たちの姿にも思い巡らせていただければ幸いです。

●雛の勝手道具●

 江戸時代後期、嘉永6(1853)年に喜田川守貞が著した『守貞漫稿』には、江戸と京阪の雛飾りについて、興味深いことが記されています。「京坂の雛遊び…(中略)…調度の類は箪笥、長持、多くは房厨(=台所)の諸具をまね、江戸より粗で野卑に似たりといえども、児に倹を教え、家事を習わしむるの意に叶えり…」。江戸時代後期、京阪地方では身近な台所道具が雛飾りに用いられ、女児の家庭教育の道具として位置づけを持っていたと考えられます。
 神棚のある台所(=勝手)、井戸、かまど(=くど)などが当時そのままの姿で小さく作られた雛道具は、京阪地方の町家を中心に明治・大正を通じて人気を博し、昭和初期の頃まで雛段の下部に置かれました。「黒漆塗りの雛道具はお雛さまのためのもの、白木の勝手道具は女児たちのためのもの」---そのように言われて親しまれ続けました。

  
雛の勝手道具(明治時代)      


●ままごと道具の移り変わり●

 子どもの世界は、最新の家庭用品を取り入れることに敏感です。水道、冷蔵庫、ガスレンジ、オーブン……ままごと道具の台所は、時代を映しながら発展していきます。また、木や土、紙を使ったものから、セルロイド、アルミ、ブリキ、プラスチック…と、その素材にも変化が見られます。このコーナーでは、明治、大正、昭和と時代を追って日常のままごと道具の移り変わりをふり返り、あわせて日本の台所文化の流れをたどります。

  
ままごと道具(昭和初期)                  ままごと道具(昭和中期)


ままごと道具(昭和中期)