日本玩具博物館 館長室・学芸室から

●館長室から
NO55

『私の玩具遍歴』を改定再版しました            (2010年8月13日 井上 重義)


東側の田圃も稲穂が実り始めました。
猛暑の日々が続きます。緑に囲まれた当館は蝉の鳴き声が賑やかですが、今年は庭に少し異変を感じます。オハグロトンボが例年よりも多く、反対にアマガエルの姿が少ないように感じるのです。木々は大きく成長して、森の中の玩具館と呼ばれてもおかしくない状況になりました。6号館への小道を歩けば、目の前を優雅に飛ぶオハグロトンボと出合ったり、せみの鳴き声に、昔が蘇る方も多いのではないでしょうか。今日は久しぶりに大勢の来館者で賑わいました。

さてこの度、一昨年の1月に発刊した『私の玩具遍歴』の改訂版を再版しました。この小冊子については館長室のNO27(2008年2月)でも触れていますが、私の「地域文化功労者文部科学大臣表彰」の祝賀会出席者にお渡しするために、静岡にある郷土玩具の会の機関紙『雪だるま』に連載中だったものを42ページの冊子に纏めて500部を印刷し、祝賀会出席者や関係者の皆様にお配りしたものです。内容は私の郷土玩具蒐集の動機や玩具にまつわる人との出会い、当館の今後の問題点などを纏めたものでした。
在庫が無くなっていたのですが、希望者があり、私の玩具蒐集の足跡や考えを知っていただくためにも必要だと考えて再版しました。再版にあたり、2年余の歳月を経過していることから、見出しの変更や最終ページの当館の問題点をその後の経過を踏まえて「日本玩具博物館の課題」として書き改めました。

私が郷土玩具の収集を始めたのは今から47年前の1963年です。通勤途中に立ち寄っていた書店で1冊の郷土玩具の本を手にしたからですが、その本と出合わなければまた違った人生を送っていたと思います。私自身はそれまで、江戸や明治時代からの古い歴史を持つふるさとの玩具がこんなにも全国各地で連綿と作られていることを露知らずにいました。当時は高度経済成長の真っ只中、古いものは価値のないものとして忘れられ、捨てられる時代でした。忘れられ失われる弱者(子ども)の文化財に気がつき、それを蒐集して後世に伝える
貴重な昭和初期の堺の布団太鼓
のが私に課せられた使命だと感じて、蒐集が始まったのです。『私の玩具遍歴』には、山陰地方の土人形のこと、世界の玩具の蒐集動機、ちりめん細工のことなど、これまでの私の蒐集遍歴ともいえる内容です。他人の真似をするのでなく私自身が大切だと考えたものを追い求めてきた47年間の記録集ともいえるものです。ご希望の方にはお送りしますので、印刷費と送料代の400円(切手可)を添えてお申し込みください。

「学芸室NO92」では今春以来、故人となられた方の郷土玩具コレクションをいくつも受け入れて整理中とありますが、岡山、大阪、千葉にお住まいだった方のコレクションです。いずれの方も昭和40年代の知り合いでした。私よりも年配でもう20年も前に亡くなられた方もあり、その不思議なご縁に驚くと共に後世にきちんと伝えなければならないと大きな責務を感じています。他にも1件、大正から昭和初期に作られた貴重なコレクション(約150点)をある施設から受け入れました。中には郷土玩具としては国宝クラスといっても過言でないほどの貴重な資料の数々が含まれており、早速にこの秋の企画展「玩具に見る日本の祭り」に展示します。
当館の玩具に対する姿勢や活動が評価された結果、集まってくると思うのですが、正直なところ収蔵庫も満杯状態です。文化遺産は社会の財産でもあり、本来は社会が守るべきものではないでしょうか。個人の力には限界があります。当館が蒐集した膨大な資料は、文化財としての登録や指定を受けたものは1点もありませんが、いつの日か高い評価がされるときが来ると私は信じています。その日のためにも、どうすればよいのか、模索が続きます。

時事通信社配信の私のコラム「ふるさとの玩具」は静岡まできました。長野、福井、石川、富山、新潟と続きます。大勢の皆さまから、楽しく読んでいるとのお言葉をいただき喜んでいます。あと4ヶ月、頑張ります。





NO54

『世界ののりもの玩具博覧会』
早速に感動の言葉をいただきました            (2010年6月30日 井上 重義)


 昨年とくらべて開花が遅れていた館の西北側の駐車場入り口の合歓の木の花が咲き始めました。梅雨の季節、当館はみずみずしい緑に包まれ、とりわけ4号館から特別展会場の6号館への小道はさながら緑のトンネルです。

 展示作業が終わった6号館に写真を撮るために行くと、男性の来館者から「館の方ですか。素晴らしい博物館で驚きました。通りがかりに寄ったのですがこんなに素晴らしい博物館だとは思ってもみませんでした。家族を連れて再度きます。」と嬉しい言葉をかけていただきました。来館者を感動させる展示は博物館にとってなによりも大切ですが、展示品の量と質が来館者の心を捉えただけでなく、「学芸室から」でも尾崎学芸員が『展示を楽しむ』として今回の展示手法について語っていますが、展示の遊び心が早速に来館者の心を捉えたのです。スタッフのことを褒めるのはまったくの身びいきになりますが、今回の展示手法を見て、私も素晴らしい展示になったと喜んでいました。早速に来館者の心をも感動させたのです。

 さてこの夏は1号館で「海の乗り物」、6号館では「空と陸の乗り物」と、両館で世界の乗り物玩具を共通テーマにして特別展示が始まりました。本来ならば「世界の乗りもの玩具博覧会」として2館で同時オープンすべきなのですが態勢的にも無理があり、少し日時をあけてのオープンになりました。ただ準備が整い次第来館者にご覧いただいていますので、6号館も7月3日のオープンに先駆けて6月26日からご覧いただいています。
 船が約300点。空と陸は約800点ですが、飛行機が90点、乗用車・バスなどが100点、働く車が140点など、両館で1100点も並びました。国の数も60カ国を超えましたが、日本のものは数を絞りましたので1割ほどの展示で、大半が海外のものです。展示スペースは展示ケースの延長が1・6号館で約50mあり、これほどの数量の世界の乗り物玩具が一堂に展示されるのは国内では例がないと思うのです。

33年前に入手のバングラデッシュの馬車 メキシコ飛行機 ブルキナファソの飛行機 ネパールのトラック


 ブラジルの木の船や汽車、タンザニアの空き缶利用の自動車、ブルキナファソの木の飛行機、マダガスカルのバスや自転車、ノルウェーやエストニアの汽車や自動車、旧ソ連のブリキの自動車、旧ユーゴスラビアの馬車と汽車、ネパールの自動車、バングラデッシュの馬車など、その多くに入手時の思い出があり、奇跡的な出会いがあって入手できたものが多いのです。例えばブラジルの木の汽車はパラナ州クリチバでの4日間の滞在中にたまたま日曜市があり、そこで偶然見つけたのです。
クリチバの日曜市で入手した汽車
 展示品は33年間、世界ののりもの玩具を追い求めてきた結果でもありますが、世界の民芸的な玩具は10数年前から中国製の玩具が台頭する中で急速に姿を消してしまい、最後のチャンスに入手できたのです。展示品のなかの8割以上が現在では入手不可能で、貴重な資料ばかりです。楽しいのは飛行機ひとつとってもお国柄があることです。材質は木が多いのですが、土やブリキもあり、それぞれに個性的で輝いています。
 今年の夏休みは、世界の乗り物玩具と出会える「乗りもの玩具博覧会」にぜひご家族でお越下さい。



館長室2010   館長室2009   館長室2008   館長室2007   館長室2006   館長室2005






Mail:info@japan-toy-museum.org


〒679-2143
兵庫県姫路市香寺町中仁野671-3

TEL: 079-232-4388
FAX: 079-232-7174