NO.119

バートキッシンゲンに玩具博物館オープン! 
                                                   (2012年1月31日  学芸員・尾崎織女)  
バートキッシンゲン玩具博物館のポスター
■1994年から交流を続けているドイツの人形玩具蒐集家、ヒラ・シュッツさん(Ms.Hilla Shütze)から、先日、嬉しいお便りが届きました。「2011年12月に、バートキッシンゲンの風格ある古い建物の一角に、“Spielzeugwelt(おもちゃの世界)”という名の玩具博物館がオープンしました」と。
ヒラ・シュッツさんとは、年に数回お手紙を交換する間柄です。手元にある日本の郷土玩具や伝承人形を届けたり、その返礼に彼女からは復活祭やクリスマスのオーナメントをプレゼントしてもらったり、また、知りたい文献をご紹介してもらったり……と、親しいお付き合いを続けてきました。彼女から贈ってもらったドイツやオーストリアの玩具や写真資料は、200点に及びます。そうした“もの”や情報ばかりではなく、ドイツの古い街に人形や玩具を愛する、暖かい心をもったひとりの女性が住んでいて、私たちは彼女の友人である……そのこと自体が、玩具博物館にとって、目に見えない、けれど、大きな価値をもっていると思います。(シュッツさんのことは「学芸室からNO1」で一度ご紹介しました。)
そのシュッツさんが、長い年月かけて蒐集し、ときにはそのコレクションの一部を展示しながら、手元で慈しんでこられた品物の数々を収め、恒常的に公開する施設が、この度、完成したのです。長く、彼女が暮らす街にそのような施設がつくられ、公的に守られていくカタチが整ったことをとても嬉しく思います。

■届けられたポスターは、さっそく、“ヨーロッパのおもちゃで遊べるコーナー“の壁に掲示しました。その壁には、私たちと交流のあるヨーロッパやアメリカの玩具博物館をポスターによってご紹介しています。その中に、バートキッシンゲンの玩具博物館をラインアップさせましたので、ご来館の方々には目を止めていただきたく思います。バートキッシンゲンは、ヴュルツブルクやバンベルクにも近いバイエルン州の景勝地。温泉があるため、保養地としても知られています。ドイツを訪ねる機会には、ぜひ、バートキッシンゲンの“Spielzeugwelt”をご訪問下さい。そして「香寺町の玩具博物館でこちらのポスターを見たよ」と話して下されば、きっと館の方々が喜んで下さると思います。
http://www.badkissingen.de/de/stadt/kultur/museen/bismarck/18383.Spielzeugwelt.html

日本玩具博物館は、25年以上にわたって海外の玩具博物館との交流を続けてきました。おもちゃの国・ドイツには、ニュールンベルグをはじめ、古い町々に多くの玩具博物館がありますし、イギリスやスイス、また、チェコ、ハンガリー、ルーマニアなどの東欧の国々にも民族的な玩具資料を扱う博物館が存在します。どの玩具博物館も、コレクションの内容や活動に特徴がみられて、それぞれにユニークです。これまで、日本の郷土玩具や雛飾りをお贈りしたり、また反対に、その地に古くから伝わる民芸玩具を頂戴したりして、細く長くのお付き合いを続けています。今後も世界にある多くの玩具博物館と手を結び、子どもを見守る大きな輪を広げていけたらいいなと、各地のポスターを眺めながら想うことです。

ニュールンベルグ玩具博物館 ローテンブルク人形玩具博物館 エルツゲビルゲ玩具と工芸博物館 ミュンヘン玩具博物館
エジンバラ玩具博物館
(イギリス)
チューリッヒ玩具博物館
 (スイス) 
ストックホルム玩具博物館
(スウェーデン) 
ケチキメート玩具博物館
(ハンガリー)


NO.118

玩具博物館の雛まつり2012
                                                   (2011年1月26日  学芸員・尾崎織女)  
寒風が吹きぬける庭に、蝋梅(ろうばい)が黄色い莟をほころばせ、新春一番、馥郁とした香りを漂わせています。学芸室では、蝋梅の花が満開になるのと競争で、6号館の特別展『雛まつり』を完成させました。500組以上にのぼる雛人形コレクションの中から、今春は、江戸時代から明治時代に、大都市部(江戸・京都・大阪)で飾られた衣装雛の数々が勢ぞろい!! 大正・昭和時代のお雛さまや地方で飾られた土雛、張子雛などにはお休みをいただいて、裕福な町家の人々が育てた雛飾りに焦点を当てたものとなっています。そのためか、会場にはいつもの年よりもクラシカルな雰囲気が漂い、日暮れが近づいた展示室で仕事をしていると、遠い昔にタイムスリップしたような不思議な感覚を覚えたりもします。
明治40年代の雛飾り(京都製)


会期を待たず、展示完成と同時にオープンしている展示室で、今朝はご来館者から質問を受けました。

「お内裏様とお雛様の間に飾る“三方”、その上に置かれた徳利のようなものに立てられる花は何ですか?」と。
どのような様式の雛飾りにも、“三方”に錫製の“瓶子(酒器)”が付けられ、そこには熨斗紙が包まれた“桃の花”が立てられます。これは、桃の節句(供)のはるかなる歴史の源流にも関係が深い供えものなのです。
日本は奈良朝時代に中国から上巳の節句(桃の節供)の風習を受け入れました。『荊楚歳時記』(中国六朝時代3~
磯田湖龍斎・安永年間頃の
町家の雛飾り
6世紀の湖北・湖南省あたりの習俗や文化を記したもの)などによると、3月3日、上巳の頃になると、人々は草人形(くさひとがた)を作って水辺で禊ぎ(みそぎ)を行い、仙木である桃の枝や花を浸した酒を飲み、鼠麹草(母子草)を入れた羹(あつもの=餅状のものを入れたスープ)を食し、春の植物の薬効と霊力を身体に取り込むことによって、身の健康を保とうとしたといいます。桃の枝のもつ特別な力を頼むことは、3月3日の節句(供)の大事な儀礼でした。日本の貴族社会は、こうした中国の風習をそのまま取り入れたようです。江戸時代に入り、桃の節句が女性たちのものとして意識され始める頃から、「雛遊び」や「雛飾り」の要素が加わりますが、“ほころび始めた桃の花や桃の枝を浸した酒”は、草餅と並んで桃の節句に食すべきものとして、今日にまで伝えられました。“三方に桃の枝を差した瓶子”は、雛壇のど真ん中で、桃の節句の源流を知らせているのです。江戸時代、安永年間に制作された磯田湖龍斎の浮世絵の中、箪笥を利用した雛飾りにも、下段に桃の花を差した瓶子が置かれています。
雛料理の小さな御膳と器(明治時代)


本年の雛まつりでは、明治時代の桃の節句に女児たちが雛料理を楽しんだ器の数々をご紹介しています。その昔、節句が近づく
と、街の魚屋では全長7~8㎝の小さな鰈や鯛などが売られたそうです。小さな尾頭付きは、小さな雛の御膳の主役で、菜の花をみじん切りにした小さな菜の花ご飯や小さな蛤のお吸い物などとともに、小さな小さな器に盛られました。九谷や瀬戸で焼かれた陶磁器、おしゃれなギヤマンの瓶子には白酒や桃の花を浮かべた甘酒が注がれ、女児たちの健康が願われたのです。

雛まつりといえば、静かで厳かな「雛飾り」を想い浮かべますが、かつては、雛人形が並ぶ空間で、友人たちと人形と共食し、歌ったり踊ったりしながら、賑やかに過ごすのが、桃の節句のお祝いの大事なところでした。小さな雛料理の器の愛らしさ、本物らしさは、節句のもつ動的な世界を垣間見せてくれます。どうぞ皆さま、玩具館の雛まつりへぜひお運び下さり、一足早い春をお楽しみいただきたいと思います。




学芸室2011後期   学芸室2011前期   学芸室2010後期    学芸室2010前期

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  学芸室2006前期   学芸室2005






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