●日本玩具博物館学芸室から
NO.51
五月の空の鯉のぼり (2008.4.28 学芸員・尾崎織女)
屋根を越えて高く広がる青空に、黒(青)・赤・青(緑)の鯉形の吹流しが悠然と泳ぐ風景は五月の風物詩・・・。
▲『俳諧續清?』(延享年間/1744~47)
「鯉のぼりはいつ頃からあるんですか?」と、先日、ある来館者からご質問を受けました。
鯉のぼりが皐月の空を泳ぎ始めたのは、今から二百数十年前、江戸時代中頃を過ぎてからのことです。右は、延享年間(1744〜47)頃の文献にみえる俳画ですが、鍾馗(しょうき)が描かれた武者幟(のぼり)の「まねき」の部分に鯉が付けられています。鯉のぼりは、屋外に立てる武者幟の「まねき」から発展したものとも考えられています。この鯉の作りものを、やがて大きな鯉の吹流しへと成長させた江戸町人たちの感性は、とてもユニークですね!
中国の有名な故事「龍門伝説」は、すでに江戸町ではよく知られていました。急流をさかのぼって狭き門をくぐり、立派な龍(中国で、龍は皇帝を象徴します)に転身する鯉は、立身出世のシンボルとみなされていましたから、大空を翔る鯉のぼりは大歓迎を受けたことでしょう。
『江都二色』(安永2/1773年刊の玩具絵本)には、「鯉の滝のぼり」の名で、鉛のオモリを使った箱型のカラクリ玩具が描かれていますし、また竹バネを利用して作られる同名の玩具もまた、江戸っ子たちの人気を集めていました。体をピンピンと動かし、滝をスルスルと上がっていく元気な鯉の手遊びは、希望に満ちた子どもたちにこそふさわしいものと受け止められたことでしょう。
▲江戸時代に江戸町で人気のあった「鯉の滝のぼり」(復元)と来館した男の子。今の子どももこの玩具は大好きです。 ▲『江都二色』に描かれた「鯉の滝のぼり」
さて、江戸時代に誕生した鯉のぼりは紙製で、比較的小さなものでしたが、端午が男児の幸福を願う節句として盛んに祝われるようになるにつれ、大型化の一途をたどりました。けれども、誕生した頃から明治・大正時代、鯉のぼりといえば、黒い鯉一匹というのが一般的だったのです。
▲端午の掛け軸飾り
右の画像は、明治時代末期から大正時代にかけて飾られた端午の掛け軸です。画面中央には、武将たち(太閤秀吉と加藤清正)が勇ましく描かれていますが、上段は、富士山を背景に幟がはためく皐月の空。一匹の黒い鯉が薫風を受けて尾を跳ね上げています。黒の真鯉は、激流をさかのぼって龍門をくぐり、大空へと放たれた「龍」を表現したものだったのかもしれません。
鯉のぼりが布製となり、何匹にも家族を増やしたのは、大正から昭和時代初期頃のことでしょうか。
♪ヤネヨリタカイ コヒノボリ オオキナ マゴイハ オトウサン
チイサイ ヒゴイハ コドモタチ オモシロソウニ オヨイデル♪
(「コイノボリ」/作詩・近藤宮子)
この歌が『エホンシャウカ』(日本教育音楽協会編)に掲載されたのは昭和6(1931)年のこと。以降、戦中戦後から平成の今まで、端午の節句といえば、全国津々浦々、多くの人たちがこの歌を口ずさみ、広く親しまれることで、長い一本の竹竿に泳ぐ大小の鯉のぼりを、私たちは家族に見立てるようになったのだと思われます。
黄金週間を控えて、香寺町の屋根の上にもあちこちで鯉のぼりが泳ぎ始めました。五月の空を仰ぎながら、新緑に萌える田の道をたどっていただき、ぜひ、当館初夏の特別展『端午の節句飾り』へとお訪ね下さいませ。
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NO.50
スウェーデンからのお客さま (2008.4.8 学芸員・尾崎織女)
先週末は、2日間にわたりスウェーデンからのお客さまをお迎えしていました。エレナ・クェヴェード・スターレさん(Helena Quevedo Stahre)は、現在、ストックホルムにある異文化理解と人種融和に取り組む施設(Det Stora Knytkalaset)で民芸玩具を使ったワークショップ事業を幅広く展開しておられます。彼女は、日本人を祖父にもつニューヨーク生まれのメキシコ人で、本国メキシコではグラフィックデザイナーとして活躍しておられたそうです。
エレナさんは、メキシコをはじめ、世界各地の玩具に興味をもち、手元には700点を超える玩具資料を所蔵しておられます。それらにインスピレーションを得て彼女が企画するワークショップには、スウェーデン内外に暮らすいろんな民族が集い、大人も子どもも一緒になって、ひとつのテーマに取り組みます。「玩具は文化の垣根をこえ、人の心の垣根を瞬く間に取り払ってくれます」と、エレナさんは、自らの仕事について信頼にあふれた笑顔で話されました。
▲ストックホルムのDet Stora Knytkalaset ▲ストックホルムのDet Stora Knytkalaset エレナさんのワークショップ会場。
精霊の日のカラベラ(骸骨)にふん装する子どもたち・・・。▲エレナさんのメキシコ玩具コレクションより
精霊の日のカラベラ(骸骨)たちエレナさんのワークショップ会場。メキシコのくす玉・ピニャタづくり
現在、エレナさんは、父祖の地・日本の伝統文化と風景を求め、大好きな民芸玩具の姿を探しながら、約一ヶ月にわたり日本各地を旅行中です。ウェブサイトで知った日本玩具博物館への来館目的の一番目は、当館が行っている玩具のワークショップの内容を知りたいということでした。
一日目は、館内の展示をくまなくご案内した後、淡島寒月の『おもちゃ百種』や清水晴風の『うなゐの友』、山内神斧の『壽壽』などの玩具絵もたくさんお目にかけました。エレナさんは、疱瘡除けの赤い玩具や動物を題材した張子玩具の意味、呪術性のある郷土玩具の姿について関心を示され、同時に玩具のデザインや細部に描かれた文様などについても一つ残らず、目にやきつけたいと懸命にご覧になられる様子でした。終始、(私にとっては)慣れない英語での会話でしたが、玩具という小さな形の中に、それらを作る民族固有の文化を発見し、同時に、時や国境をこえる普遍的な感性によって、それぞれのエッセンスをくみあげていかれるエレナさんの視座に、親愛と尊敬の念を抱きました。
やがて話は、エレナさんの本国・メキシコの民芸玩具に向かいました。彼女の仕事にはメキシコの玩具たちが数多く登場するのですが、日本玩具博物館もまた2000点を超えるメキシコ民芸玩具を所蔵しています。埴輪にも似たチャパスの動物造形のおもしろさ、ナヤリト州に住むウイチョル族の毛糸画の感性が素晴らしいこと、オアハカ州の民芸作家の幻想的な土人形について、セマナ・サンタの祝日にくりだしてくる火薬入りのフーダス人形のこと、精霊の日の骸骨(カラベラ)の意味・・・・・・、文献資料を紐解きながら、話は盛り上がり、あっという間に日没となりました。
▲真ん中がエレナさん。メキシコのブリキ玩具「バルーン」をもって・・・。
▲雛飾りのあるランプの家にて
江戸の「かくれ屏風」づくり
二日目は、安永2年刊の玩具絵本『江都二色』の頁をめくりつつ、近世日本の玩具を紹介した後、それらの玩具をテーマにして、当館が開催している伝承玩具づくりにもご一緒していただきました。「かくれ屏風」や「木挽き人形」「体操人形」「風車」など世界各地に普遍的に見られる玩具の他、「ご来迎」や「鯉の滝のぼり」「弾き猿」など日本らしい感性で作られたものも見ていただくと、これ以上ないほど目を輝かせ、おお!素晴らしい!と一つ一つを記憶の中にスケッチしておられるご様子でした。
別れ際、エレナさんに日本玩具博物館についてお聞きしてみました。
・・・・・・2日間過ごされて、どんな印象をもたれましたか?
・・・・・・この博物館には、人間が自然物を用い、手を動かして作り出したものがあふれています。そう、ここには、伝統(tradition)と文化(culture)と美(beauty)が存在し、空間の隅々に愛(love)が溢れていると感じます。訪れた人の心の中に思い出を育み、一人の人間が成長していくその歴史に、大切な位置を占めることが出来る博物館だと私は思います。・・・・・・・・・
そんな風に言って右手を差し出されたエレナさんの笑顔は、身の内にたくさんの民族を合わせもつ包容力に満ちて、本当に魅力的でした。玩具がとりもつステキな出会いと友情に感謝の気持ちでいっぱいになりました。
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学芸室2008前期 学芸室2007後期 学芸室2007前期 学芸室2006後期 学芸室2006前期 学芸室2005
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〒679-2143 |
参考
世界のクリスマス,オーナメント、サンタクロース、降誕人形、光のピラミッド、キャンドルスタンド、ニコラウス、アドベントカレンダー、麦わら細工、煙だし人形